一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.34 April - July (1) スタンダード

平島剛志 (シンガポール国立大学メカノバイオロジー研究所)

1年前にシンガポールでラボを始めたこともあって、考えさせられることがたくさんある。その一つは、研究活動に関する「スタンダード」についてである。一言でスタンダードと言っても、状況に応じて意味合いが異なる。基準や規範などが適当な和訳だが、粗っぽく「常識」で一括りにしてもいい。ラボメンバーの前でスタンダードと言う時には、結局は、ある水準に足並みを揃えたいという意図があるので、細かな違いは気にしていない。便利な言葉なので一緒くたにして使っている。

チーム内での連携や進捗がうまくいかない時、根本を辿ると、スタンダードが十分に共有されていないことが多い。ルールのように、一律に数値化できたり行動で表せるような事柄であれば、どこかに書いておけば良い。しかし、複雑で言語化できない場合は、共有の仕方が難しい。どの深さまで解析を進めるか、どんな観点を優先してデータを解釈するかなどは、抽象的だが、私たちのように若いラボが特色を出して研究を進めるためにはないがしろにはできない。肩を並べて体験を共有したり、時間をかけて議論をすることで少しずつチームの常識をつくっていくのが鉄則だろうが、それでもうまい方法はないものかと考えさせられる。

スタンダードを考えたい理由は、経歴からくるところが大きい。私は2011年に数理生物学分野で学位をとり、その後ポスドクになって実験を始めた。学位取得後、2021年までに4つの異なる分野のラボに在籍し、その都度新たなスタンダードに直面し、常識のすり合わせを心がけてきた。常識を疑う、と言うは易く行うは難し。努力をしているのは広く価値観を身につけるだけでなく、どの方向に外れれば自分の特色を出せるかを把握したいからである。未だ個人として大きく外れることはできていないものの、これからチームとしてスタンダードから大きく外れるような研究を進めたい。その準備のために、今の段階では足並みを揃えることが肝心だと考えている。そうなると、チームの成熟度や時代に合わせてスタンダードを柔軟に変化させる術についても考えなければいけない。是非助言を頂ければ幸いである。

ところで、シンガポールの政府系研究機関A*STARの、所属している研究者に対する評価基準は興味深い。企業と連携して社会実装にどれだけ貢献できているかが最も重要で、最近は一層傾向が強まり、論文は業績としてほとんど考慮されないという話しもある。国の主要研究機関がこういった大胆な方針を打ち出したことに、驚きを隠せない。ひとたび基準が設定されると、そのまわりでばらつくとは言え、全体的に研究の性格がシフトしていくことは避けられない。他の組織の基準とかけ離れている場合、組織間の交流が分断されるのではないかと心配している。ただ、程度の差こそあれ、基礎研究と応用のつながりを深め、社会実装までの道筋を明確に示す成果が求められているのは世界的な流れだろう。私がもつ研究者への評価軸のスタンダードも変えるときかもしれない。

日本細胞生物学会にはどんなスタンダードがあるのだろうか。明示されていなくとも様々な意思決定がなされているのだから、きっと緩やかなスタンダードがあって、それが学会を特徴づけているはずだ。私のような細胞生物プロパーでない駆け出しの研究者に、伝統ある会報の巻頭言の執筆の機会を与えているのだから、柔軟にスタンダードが変化するうまい仕組みが働いているのだろう。何が当学会内の常識なのか、改めて考えてみると面白いかもしれない。

最後に、執筆の機会を与えてくださった先生方に感謝申し上げたい。


(2023-04-10)

日本細胞生物学会賛助会員

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