一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.12 April (1) 少年よ少女よ野心家たれ

滝澤 温彦 (大阪大学大学院理学研究科)

 「少年よ大志をいだけ」とは札幌農学校を興したクラーク博士の名言ですが,日本語で「大志をいだけ」と訳されているambitiousを博士の言わんとした事により近づけて言えば「野心家たれ」の方が良いという話をどこかで読んだ記憶があります。野心家という言葉は日本語ではあまり良い意味に使われないと思いますが,あえてここでは野心家という言葉を使います。また,「少年よ」を「少年よ少女よ」としたのは男女同権を考慮した訳ではありません。本当は少女だけにしたかったのですが,フェミニズムかぶれと思われてしまうのもいやなので少年を入れました。この標語を読んで皆さんはどんな事を考えられるでしょうか。私はかつて細胞生物学会に足繁く参加していた時期を思います。10年以上前の話ですが,当時の細胞生物学会には「生物学研究の新しい流れを作ろう」という野心が満ちあふれていたと思います。様々な意欲的なシンポジュウムに参加することで,細胞生物学研究のおもしろさと,躍進する勢いを感じました。また,学会に参加することが新しい分野の勉強になりました。ところがどうした訳か,最近は大きな学会にしか参加しないようになりました。理由の一つは,大きな学会にないものは無いからです。あえて言えば個人的な対話が不足することでしょうが,それはワークショップ等で補えるでしょう。とすると規模の小さな学会の存在理由はなんでしょうか。私は,小さな学会であるからこそ野心的な試みをするべきだと考えます。研究者を引きつける野心的なシンポジュウムを開くことが必要であると考えます。そこで,最近の細胞生物学会を良く知らないにもかかわらず,あえて提案したいのですが,若き野心的な研究者達(少年,少女)に企画を全面的におまかせした学会は如何でしょうか。私は是非参加したいと考えます。

 一人前の研究者の方々を少年少女と呼ぶのは少し気が引けますが,大学生ならば少年,少女と呼んでもよいでしょう。野心は彼ら彼女らにこそ持って欲しいと思いませんか。「最近の大学生は」という言葉はいつの時代でも聞かれる枕詞ですが,最近見ていて気になることがあります。私のいる大学に限ったことかもしれませんが,学部から大学院に進学する学生は,入学試験を良い成績で入るのにも関わらず,博士課程に進学する割合が極端に低いのです。特に女性。学部で披女らは彼らよりも,勉強に熱心に取り組んでいます。従って成績も良いのですが,どうもその後,大学院に入って続く人が少ないのです。女性研究者が周りに少なく,あんな研究者になりたいと彼女らを引きつける雛形が少ないことに原因があるかもしれません。あるいは,女性の持つ高い社会性が障壁になっているようにも考えます。他人の目などは全く気にもしないで,自分の興味だけでひたすら突き進むのはどうも苦手のようです。研究とは周りがなんと言おうとも我一人という心意気が必要なのです。従って,研究者には変人が多いことになるのですが。そこまでゆかなくても,自分が興味を持っているテーマを思う存分研究出来るのはとてもおもしろいことなのですが。とは言っても博士課程に進んで研究者になるという道は,先が見えない道でもあります。そこで,あえてこの道を選ぶ事を野心的と言いたいのです。

 大学院生が博士課程に残らないという問題は研究テーマがおもしろくない,魅力的ではないと言うことも関わっているでしょう。野心をより強く持たなければならないのは研究者ではないでしょうか。かつて少年,少女であった研究者達が野心を忘れて,日々の仕事に追われているのでは新しい人たちを研究分野に引きつけることが出来ません。本当はこのことが一番問題なのかもしれません。これから日本は右肩下がりの慢性的な不況の時代を迎える事になると思いますが,この時期にこそ,次の世代を育てる必要があると考えます。そこで,博士課程に進む割合が減少していることを考えます。博士課程に希望を持って進んで,卒業した後どうなるのでしょうか。政府は科学立国などとかけ声をかけ,ポスドクを増やしています。下手に大学のスタッフになるよりも給料が良い場合もあります。しかし,その後はどうするのでしょうか。定員の削減で,現在よりもさらに研究職のポストが減少することをまじめに考えれば,どうして研究者になることを学生に勧められますか。 現に,博士課程を出た優秀な人がなかなか就職できないで困っているという話を良く聞きます。将来がどうなるかは会社に就職しても同じかもしれませんが,科学立国のかけ声だけでない,きちんとした科学政策を国に,また博士課程卒を積極的に受け入れる事を企業に,望みます。

 最後に一言つけ加えます。社会的な環境が整えば研究が出来ると言うことは決してないのです。若き野心的な研究者には,世界に飛び出して成功して欲しいと考えます。日本という国,いわんや自分のいる研究室は科学の世界から見れば本当に小さいものです。これこそ,野心的であれと言ったクラーク博士が東洋の辺境に来た原動力だったのではないでしょうか。狭い日本にとどまる必要はありません。大いに野心家たれと若き研究者にエールを送ります。


(2001-04-01)

日本細胞生物学会賛助会員