一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.20 April & May (1) 非常識

吉田 秀郎 (京大・理・生物物理)

 非常識というタイトルをつけたが、生粋の分子生物学会員であり、細胞生物学会の某委員に選出されてからようやく細胞生物学会員になった弊職が巻頭言を書くという非常識を糾弾する文ではない。研究上の非常識について書く。

 研究をしていると時々常識では考えられないようなことに遭遇する。大抵はたわいもない勘違いに起因するのだが、希にその非常識がとんでもないセレンディピティとなって、研究が大きく飛躍することもあるらしい。

 1回目の非常識は、大学院生の時に出現した。発生過程で転写が誘導される遺伝子を単離したのだが、コードされているmRNAはstop codonだらけでどこにもORFらしきものがない。poly(A)も付加されていて細胞質に輸送されるのだがポリソーム画分に入らず、どうもタンパク質には翻訳されずにRNA分子自体が機能するらしいことがわかった。そこでdutA (development-specific but untranslatable RNA)と命名し、意気揚々と分子生物学会で発表したところ、酷評の嵐。「RNAというのはタンパク質に翻訳されるものなのだよ。君はセントラルドグマから勉強し直した方がいいね」と親切に忠告してくれる先生もおられた。学位の取得さえ危ぶまれたが、幸いなことに広い世界には非常識を認める研究者も存在していて、なんとか無事学位論文となった(脚注参照) 。

 2回目の非常識は、ポスドクの時に訪れた。mRNAのスプライシングは核で起こるというのが常識である。教科書にもそう書いてある。ところが、小胞体ストレス応答の中心的制御因子として単離した転写因子XBP1のmRNAは、小胞体ストレスに応答して細胞質でスプライシングされたのであった。このスプライシングは従来型(常識型)スプライシングとは全く無関係であり、小胞体ストレスのセンサー分子であるIRE1によって切断され、RNA ligaseによって結合される。細胞質でスプライシングされることには深い意味があり、スプライシングされる前と後で翻訳されるタンパク質の性質が変わるのである(転写抑制因子から転写活性化因子に変化する)。この2回目の非常識は幸いなことに弊職の存命中にまっとうな評価を受けることができ、ここでこうして巻頭言を書いている。

 さて、3回目の非常識は果たしてやってくるのか。待っているのも何なので、自分から迎えに行くことにした。行き先はゴルジ体ストレス応答。そんな研究、世界中探しても誰もやっていない。小胞体の次だからゴルジ体、という浅はかな動機ではない。深遠なる思惑があるのだ(あるはず)。某メン○○トラ○○班会議で発表したところ、暖かい酷評を得ることができた。非常識がやってくる良い兆しである。しめしめ。

 【脚注】
Yoshida, H., Kumimoto, H., and Okamoto, K. (1994). dutA RNA functions as an untranslatable RNA in the development of Dictyostelium discoideum. Nucleic Acids Res. 22, 41-46.


(2009-05-00)

日本細胞生物学会賛助会員