一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.11 July (1) 殿馬や岩見は日本チームのメンバーになれるのか?

升田 裕久 (郵政省通信総合研究所関西先端研究センター)

 前号の巻頭言は「いつもこころはホームラン」という言葉で終わったが,ソーサのように華やかなホームランを打ちたいと思っている,または,打てるバッターのみではないだろう。わたしの理想のバッターは,水島新司のマンガ「ドカベン」1)にでてくる殿馬くんである。非力な彼は,ここぞというときに色々な秘打を披露してゲームの展開を変えることのできる,チームに欠かせない実にユニークな選手であった。チームの中心はやはりホームランバッターの山田君であったが,他にも岩鬼というメチャクチャで超個性的な選手がいて,面白くてしかもバランスのとれたよいチームだった。「個性の時代」という声の中で,私たちはほんとうに殿馬や岩鬼のような選手を選び,その個性を尊重してチームを構成できるのだろうか。私たちの属する生命科学の分野は,個性的な研究者が生き残れるようなシステムを今もっているのだろうか。メジャーリーグに挑戦した野茂投手は個性的なフォームとフォークボールによってアメリカでも大成功したが2),私にとって彼は挑戦という行為そのものによってヒーローになった。野球という娯楽のためのスポーツでさえ,日本にはその体制の息苦しさを感じさせるものがある。最近のマラソンや水泳のオリンピック代表選手選考の不透明さはその典型であろう。このような事柄の積み重ねがそれを目にする日本社会全体から少しずつではあるが碓実に活力を奪っているように感じられる。科学の現場こそは活力を奪わないようにわかりやすい道理で物事が動いてほしいものである。

 大学や研究機関にいる大学院生や若い研究者にとって,自分の能力と個性を充分に発揮できるチャンスが日本にはあると感じられる環境であってほしいと思う。自分自身のほんとうにやりたい研究を発見し確立していく期間は大学院卒業後の5-10年間であると思うが,日本ではその間に自分が研究室のボスとして行動できる,つまり自分の責任で研究費を稼ぎながら自分のやりたい研究を行うチャンスを得られる者はまれである。ところが,例えばアメリカでは優秀な研究者ならば誰にでもある程度のチャンスは与えられる。現状では,残念ながら多くの人にとって日本を脱出することが個性の発揮に一番必要な行為なのである。研究者はスポーツ選手と違って,長年外国で活躍できる。活躍している人にとって,日本に帰る魅力は特にない。脱出は個人的には非常によいことであるが,日本全体から考えれば,損失であろう。私は松本元先生の「Number1よりOnly1をめざす研究へ」3)の意見に全面的に賛成であるが,それを実現するには個人の努力だけでは困難であろう。意欲のある若い研究者が自立できる環境を整えることと,Main streamにある流行の研究をサポートするのみでなく多様な研究を認めることが個性的な研究を生み出す土台になるだろう。Evolutionがいかにしておこるかというモデルを理解している生命科学の分野こそ,理想のチームに一番近づけるのではないかと信じたい。

 

 文献

 1)水島新司「ドカベン」(秋田書店)

 2)MLB UNBELIEVABLE(Major League Baseball Home Video,1995)

 3)松本元「Number1よりOnly1をめざす研究へ」(細胞生物 1993年5月,巻頭言)

 


(2000-07-01)

日本細胞生物学会賛助会員

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