一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.10 May (1) シンガポール型研究室

峰雪 芳宣  (広島大学理学部生物科学科)

 “シンガポール型研究室”といっても,シンガポールの研究室の話をするわけではない。ひとりで研究しているような小さな研究室での研究の仕方についての話である。最近の生物学では,一つの現象を解析するのに,光学顕微鏡だけでなく,生化学,分子生物学,電子顕微鏡など,様々な技術を組み合わせて使う必要にせまられることが多い。願わくは,これらの機器が必要に応じて使えることが研究者としての希望であり,そうするべく研究室の環境を整える努力している人は多いと思う。比較的スペースや経済的余裕のある研究室はともかく,小さな研究室では,まず,これらの道具を置くスペースで問題が生じる。私は細胞生物学の看板を掲げているが,どちらかというと植物の形態屋である。顕微鏡を使って観察すれば,他の人が気づかないことまで気づける自信はある。その反面,すりつぶしてタンパク質を取れといわれれば,生化学の得意な人と対等にやる自信は全くない。そこで,私の場合,自分のお家芸の光学顕微鏡とその周辺を整備することに研究室に入ってくるお金の大部分を使い,他の設備は最小限にしている。それでも,部屋一杯になっている。そこで,ウエスタンプロットはA先生のところで,抗体作製はB先生に,遺伝子導入はC先生に,電子顕微鏡はD先生のところでといった具合に,あちらこちらに行って実験をさせてもらう方法をとっている。最初は先方の機器を借りて使わせてもらう形で始めたのであるが,そのうちこちらの腕の悪さに見兼ねて先方が手伝ってくれたり,さらには材料を送って先方にやってもらうことが多くなった。まさに他人の褌で相撲をとる状態である。他人に頼ってばかりでなく,自分でやるべきだとのアドバイスもしばしばもらうし,そうしたい願望はあるのだが,自分の褌が買えない身分では,借りてでも土俵に登らなければ,先の望みがないので,仕方なくやっている。ただ,この方法には良いこともある。例えば,先方が新しく開発した技術を使って思わぬ発見をしたり,共同研究という形で議論することにより,自分の研究を違った角度から見つめ直すこともできる。つまりこの方法で,明らかに自分一人ではできないことが可能になった。海外に行ったとき,ある若い研究者から,“おまえはどうしてそんなにたくさんのスタッフといろいろな装置を持っているのか?”と聞かれたことがある。確かに私の論文だけを見れば,毎回いろいろな人の名前がついているし,いろいろな高価な機器も駆使しているように見える。しかし,これらの方々は皆共同研究者で, 彼等の装置を使わせていただいているだけであり,実際私の研究室に来て見ればなにもないのに驚くことになる。私はこのやり方を“シンガポール型研究室”といっている。香港やシンガポールのように小さくて産業自体あまりない場所でも, 世界と貿易することにより大国に匹敵する経済力を持つことができる。研究も同じで,小さな研究室だからといって,こじんまりまとまることを考えるより,自分にない技術をもつ研究者と共同研究をすることにより, どんどん新しい世界を開くことが可能である。


(1999-05-01)

日本細胞生物学会賛助会員

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