一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.3 October (1) 民間企業における基礎研究者として

米原 伸 (JT医薬基礎研究所)

 今年の4月に,公的研究機関である東京都臨床医学総合研究所から民間企業であるJT医薬基礎研究所へ研究を進める場所を移しました。「何故民間に移ったのか?」という質問を受けることも少なくありませんので,移るまでに私なりに考えたこと・移ってから感じることなどを記してみたいと思います。大風呂敷を広げていうと,日本の生物学や基礎医学という研究分野に風穴をあけてみたいという気持ちがありました。大学を初めとする日本の公的研究機関の多くでは,人事の停滞・研究費の不足(?)・建物等施設の老朽化・会議等雑用の増加などの問題が存在すると思います。私が公的研究機関で自分の研究グループをより大きく組織できたとしても,先行きはそんなに明るくはないと予想していました。一方,日本の民間企業の研究機関について,私はほとんどその内容を知りませんでしたし,現在でもよく知らないと思います。開発研究について知らないのはあたりまえですが,基礎研究についてもごく一部の物を除いて何も知りませんでした。外に対してあまりにも開かれていないのではないかと感じていました。特許をとることと外に対して開かれた姿勢でいることは相反することではないと思うのですが。日本の外に目を向けると,民間企業の基礎研究がリードしている分野が多く存在しています。私の専門でもあるサイトカインとそのレセプターの研究分野などはそのさいたる物と思います。そして,日本の企業が海外の企業の基礎研究からの成果を買い取っていることもあるようです。海外の民間企業の基礎研究者は,その顔と研究成果とが一致して思い浮かびますが,日本の場合は研究成果と研究者の疎lが一致して思い浮かばないことが多いと感じます。外に対して開かれているかという点が一番の問題点ではないでしょうか。このようなことを考えたり感じたりしているところに,民間企業の基礎研究所で研究を続けていかないかという話がきました。日本の基礎研究の将来を考えても,外に開かれた民間企業の基礎研究所が一つでも多くなることが必要だというだいそれた考えを抱いて研究の場所を移すことにしたわけです。公的研究機関と民間の研究機閏との間に人事や研究内容の交流が一方方向ではなく両方向に存在する様になっていくことは重要だと思っています。公的研究機関の活性化にも必要不可欠だと思います。民間に移って半年がたちましたが,私自身の研究環境については文句をつける必要はない状態です。しかし,ここまで述べてきた考えを実現させるにはまだまだ大変だとも感じています。日本では,公的研究機関や研究者が上に存在し,民間の研究機関や研究者は下に存在すると,公民共に考えているのではないでしょうか?開発についてはその役割が違うのは当然ですが,基礎研究でも公をたてまつる民・民を見下す公といった図式がどうも存在しているようです。これが共同研究の姿にも現れているようですし,外に開かれない民間研究所のあり方の原因の一つにもなっているようです。民が変わる必要があることはいうまでもありませんし,私も頑張っていく必要があると思っていますが,公の側にも問題はあると思います。公の研究機閑の人達も目先の自分の利益ばかりを追うのではなく,日本における将来にわたる研究社会のあり方を考えることも必要ではないでしょうか?民間との対等な交流がないと公の研究機閲の大半はいきづまっていくように思えるのですが,どうでしょうか。海外の民間の基礎研究所で研究をしている日本人の友人が,研究を運行していくことだけを考えると日本の公的機関の大半には帰る気が起こらないと私に語ってくれましたが,皆さんは日本の研究の現状と将来をどの様に考えますか?


(1992-10-01)

日本細胞生物学会賛助会員

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