一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.18 July (3) 追想の妹尾左知丸先生

沖垣 達

 去る6月22日、岡山大学名誉教授、国際細胞生物学会連合(IFCB)副会長、そして重井医学研究所名誉所長であられた妹尾左知丸先生が、92才で逝去されました。妹尾先生は、日本細胞生物学会の会長をされたばかりでなく、事実上の創立者でした。 亡くなられて日も浅く、まだ心は落ちつきませんが、学生時代からついこの春までご指導下さった、恩師であり上司でもあった先生について、想い出すままに記すことに致します。

 妹尾先生の研究業績については、田代裕、内海耕慥両先輩もふれると思いますが、血液学、鉄代謝を中心にした研究は極めて高く評価されています。それは、 90才直前に刊行された「新しい病理学−細胞病理学から分子病理学へ−2004,大学教育出版」にも見られるように、非凡な才能と限りない努力に裏打ちされているものです。

 先生の研究に対する基本律は、一貫して「細胞の機能と構造を総合的に考察して生体の本質を知る」ことでした。それは正にStructure and Function of Cellsであり、故勝沼精蔵先生らと細胞化学シンポジウム(本学会の前身)を創設された原点でもありました。この学会の創始が、American Society for Cell Biologyの発足よりも10年も前であったことに、私たちはあらためて感銘を深くするのです。

 私が北海道大学院生の頃、札幌で細胞化学シンポジウムが開かれました。その名称の新鮮さと、すでに著名であった妹尾左知丸教授の講演があると知って、私たちは参加しました。当時の先生は、若くして雲の上のスターであり、正にカリスマ的な存在でした。エクスカーションの石狩川の鮭漁で初めてお声に接しました。就職のため上京して1年目の夏、私は単身で岡山大学にでかけて、妹尾教室の学風にふれて興奮したものでした。この時、先生の教室の方々から格別の歓迎を受けたことは忘れもしません。

 その後なぜかお声がかかって、1963年と1966年に大津ホテルで開催された、International Symposium for Cellular Chemistryのお手伝いをしました。その為、中古のタイプライターをひもで肩にかけて夜行列車の床で寝たものでした。しかし、この国際学会で海外と日本を代表する研究者の発表と討論を聴けたのは大きなよろこびでした。

 米国在住中には妹尾先生から、財政難につき協力頂きたいとのことで、海外向けの英文学会誌がLos Angeles空港に届きました。私はそれを引き取り、妻が個々の荷造りをしてPost Officeに通ったものでした。今日隆盛を誇る本学会にも、こんな歴史があるのです。 1972年にSt. LouisでIFCB(国際細胞生物学会連合)の設立準備会があり、日本代表として先生が出席され私も加えて頂いて、3日をかけて学会のConstitution and By-Lows(規約と細則)を作りました。

 1978年、本当に不思議なご縁で私は帰国し、故重井博先生のお招きで妹尾先生が所長になられた新設の重井医学研究所のお世話になりました。しかしこれには裏があったようです。やがて本学会が主催することになる3rd. International Congress on Cell Biology(III ICCB 1984 東京)の会長に妹尾先生が決まっていて、その事務方に気心の知れた者をということのようでした。

 まだ多くの方がご記憶のように、この50国近くから参集した国際会議は幸いにして成功し、わが国の生命科学の進展に大きく貢献したと自負しています。

 この間、妹尾会長と事務局長の私は、しばしば寝台車のベッドでカンビールとちくわを友に会議準備を進めたものでした。しかし、会話はいつもお互いの研究の話題に帰結していたように、今思います。

 この国際会議が尾を引いて、やがてAsian-Pacific Organization for Cell Biology(APOCB)の設立と、その大会の上海、Sydney、大阪での開催へとつながり、また中国科学院英文雑誌(Cell Research)の編集協力にまで発展しました。この間の、中国のYao Zhen博士と妹尾先生の同い年同士のお付き合いは、見ていてまことにほほえましいものでした。Yao先生も昨年亡くなられました。

 妹尾先生の研究に対する態度は全く自由で、助言も少なく、できるだけ指導はしないというお考えでした。先生の後任所長であった私も、指導すればより育つであろう人材の存在を承知しつつ、本来研究者は自己の意志を尊重すべきである、という先生の思考を大切にし踏襲したものでした。

 初めてお目にかかり、石狩河口に鮭の群来を追ったかの日から、またビールを飲もうとおっしゃったついこの春の日までの、長い長い日々の想い出はつきません。

 文中、妹尾左知丸先生との関わりで記すべき多くの方々のご氏名を、失礼ですが省略させて頂きました。

 忘れがたき師であり、憧れの先輩でもあった妹尾左知丸先生に、果てしない想いをはせて追想と致します。


Photo 1. III ICCB(1984年、東京)の開会式で特別講演の座長を務める妹尾先生と沖垣


Photo 2. 重井医学研究所スタッフからお誕生日の祝福を受ける妹尾先生(90才)


Photo 3. 月刊誌「クロワッサン」の取材に応じる妹尾先生(91才)


(2007-08-13)

日本細胞生物学会賛助会員