一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.29 July - December (1) 留学のすすめ

藤田恭之 (北海道大学遺伝子病制御研究所)

文科省の統計によると、海外に留学をする日本人が近年低下傾向にある。その原因の一つに、「留学のメリットがしっかりと見えない」ことがあると思う。私は、ポスドクとしてベルリンで6年、グループリーダーとしてロンドンで8年、計14年の海外生活を送った。それらの経験に基づく私の独断的な視点から、海外へ行くことを迷っている学生・ポスドクの若き諸君に、留学をすることの利点を熱く語りたい。

1)外国人慣れする
海外の学会などで、外国人からアグレッシブに批判的なコメントを受けて、その内容が明らかに的外れなものであるにも関わらず、まごまごしたり、「I agree with you」などと逃げてしまう日本人を時々見かける。日本と異なり、外国の多くでは子供の頃からディベートの授業などで、ディスカッション能力を磨いている。英語がペラペラで自信たっぷりに自説をまくしたてられると気圧されしてしまう日本人は少なくないだろう。私もドイツで留学生活を始めた当初は、ポスドクはもとより、学部学生や修士学生でも、自信満々に積極的に発言しているのを見て、「おお、すごいなあ、なんて優秀な人たちが集まっているラボなんだ。」と思ったものだった。しかし、しばらくして状況に慣れ、それぞれの話を注意深く聞いてみると、あまり内容を伴っていなかったり、全く的外れな意見が少なからずあった。優秀な人とそうでない人の比率は日本も外国もほとんど同じなのだ。ただ、日本では優秀ではない人はあまり積極的に発言しない傾向があるが、海外では優秀さに関わらず自分の思っていることを積極的に発信する。能ある鷹も能ない鷹も爪を剥き出しにする。だから、どれだけアグレッシブな感じで話されても、ひるむことなく冷静にその内容をしっかりと咀嚼吟味することが重要である。留学して身に付けることができる最も重要なポイントは「外国人慣れ」することだと思う。世界中の誰とでも対等にディスカッションをすることができる、この研究者にとって重要な能力を海外で獲得しましょう。

2)英語がうまくなる!
日本人の英語のレベルは国際的に見て残念ながらかなり下位だろう。日本では、日常生活で英語に触れる機会はそれほど多くなく、英語能力(特にhearing、speaking)を上達させることはかなり難しい。一方、海外で研究生活をすると朝から晩まで英語のシャワーを浴び続けることになる(しばらくすると夢も英語になる)。無料のレッスンで、誰でも自然に英語が上手くなる。これは絶対的な留学の利点。ただ、コミュニケーションを積極的に取ることが英語の上達のさらなる早道である(お喋りな人は流暢な英語をすぐに獲得する傾向がある)。聞いた話だが、あるアメリカのラボでいつまでたっても英語が上達しない日本人のポスドクがいた。他のラボメンバーともあまり会話を交わさず、いつもヘッドホンをつけながら実験をしている。「一体どんな音楽をいつも聞いているの?」と聞かれたところ、「英会話のテープ」と答えたそうだ。まあ、そりゃダメですな。留学して、外国人とスムーズにコミュニケーションを取ることができる国際人になりましょう!
また、論文を書く時にネイティブな同僚に自分の文章を見てもらい、色々と英語について教えてもらうことで、writing能力が飛躍的に向上する。私はロンドン時代に故Alan Hall博士やMartin Raff博士という超ハイレベルの研究者に論文を直してもらい、英語のwritingだけではなく、自分のサイエンスを如何に文章として表現するかについて能力を磨くことができた。一生の財産やなあ。

3)日本人の長所、短所が客観的に分かる
ずっと日本にいて日本人に囲まれていると、日本人の特性を知ることが難しい。外国に出て、様々な国籍を持つ人々と交わい、文化や考え方の違いを目の当たりにすることによって日本人の長所と短所を客観的に理解することができる。
日本人は慎み深く、他人の気持ちを慮ることができる。素晴らしい長所だと思う。しかし、その特性は海外では長所として認識されず、不利益を被ることが少なくない。私がポスドクとしてベルリンの研究室で働き始めたある日のこと、培養室のクリーンベンチで細胞培養を始めかけたところで、ラボのポスドクが「いつ終わるんだ?使いたいんだけれど」と強い口調で聞いてきた。「あ、何かすぐに使いたい事情があるのかな」と思い、「いいよ、先に使いますか」とクリーンベンチを譲ってあげた。ところが、彼は特に急ぐ様子もなく、クリーンベンチでの作業を終えた後に私に感謝することもなかった。彼(ドイツ人)はクリーンベンチを使いたいという彼の欲求をそのまま私に伝えただけで、私はそれに対して「今使い始めたので、あと30分はかかると思う」と素直に自分の欲求を伝えるべきだったのだ。日本人は他人の気持ちを推し量り、自分のやりたいことをストレートに伝えることが苦手である。でも、そこで互いの欲求をぶつけあうことによって、フェアで対等な関係を築くことができる。海外で、他人に慮ってもらうことを期待しても叶えられることは極めて少ないのだ。自分の欲求を表出することによって、他人に自分の気持ちを理解してもらい、より良い環境を得ることができる。同様に、他人が何を求め、何を考えているのかを(類推するのではなく)ディスカッションをすることによってしっかり把握することができる。これに慣れてくると、外国人と素の人間関係を心から楽しむことができる。留学中に、日本人の特性、自分の特性をしっかりと理解することによって、国際人へと自分を昇華させましょう。
ただ、協調性のある日本人はチームを組んでプロジェクトに当たることに長けている。自我が強い欧米人は、時に自分の利益・要求を主張しすぎるために、チームが崩壊することがあり得る。この日本人の長所をふまえ、上手に研究グループを構成してプロジェクトの進展を加速できることが、日本で研究を展開する一つの利点かもしれない。

4)色々な経験や思い出で人生が豊かになる
留学中に色々な人と友達になり、様々なところに旅行に行った、その全てが珠玉の思い出となっている。海外生活14年の間に仲良くなった友人達とのネットワークは、研究にも生かされている。また、国際色豊かな人間関係を築けたことが人生の財産となっている。ヨーロッパは夏休みがアメリカよりも長く、2-3週間の休暇を取るのが一般的だ。毎年夏休みごとに、ヨーロッパの様々な国を家族で回った。楽しかったなあ。私は食いしん坊なので、ヨーロッパ各地で食した絶品の数々が今も鮮やかに脳裏に蘇る。シシリー島の雲丹のスパゲッティ、ブルゴーニュ地方(フランス)のジビエなど郷土料理、コルドバ(ポルトガル)の塩茹でした牛の骨髄、ブルージュのムール貝、等等。ああ、思い出すだけでもヨダレが。この思い出だけでも、留学の価値あり。


留学することは、研究者の成功にとって決して不可欠なものではない。留学経験なく、成功している日本人研究者も少なくない。でも留学によって、研究だけではなく、語学・国際性・人脈など様々なアスペクトにおいて大きく成長することができる。若者よ、さあ、一歩前へ踏み出そう!海外での研究生活は、あなたの人生において、色彩豊かなアクセントになることでしょう。


(2018-07-11)

日本細胞生物学会賛助会員