一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.19 November (1) 研究の面白さを伝える

松田 道行 (京都大学大学院生命科学研究科)

 先週、T大学医学部の2回生を相手に講演をした。最近はやりのearly exposureというやつだ。週1回の授業で、初回は、「Dr. コトー」の別名もある過疎地医療で高名な先生、2回目が私で、一転して「細胞生物学の最前線」をテーマに基礎医学の面白さを話すようにとの指示であった。今年は「GFP」がノーベル賞をとったことでもあり、GFPの発見やらノーベル賞の話やら、学生向けのイントロの話を半分くらい入れて、後半は私がやっているGFPを使ったバイオセンサーの話をした。準備もちゃんとやったし、自分ではうまく話せたのではないかと思った。講演が終わると一人の学生がやってきて、感想を話し始めた。「私の父は中国人で、中国と日本で教育を受けています。父がいつも言うのですが、日本の教授は話が下手だ。ボディーアクションも少ないし(フムフム、いやまったくだ。アメリカ人と比べるととんでもなく下手だよね。まあ、小学校の教育からして違うのだから、しかたないじゃろう)、特に、基礎医学の先生は、臨床の先生と違って人と話すことも少ないので仕方ないでしょうが(そうかな、象牙の塔に閉じこもって研究だけしていられるほど昨今の情勢は甘くはないのだけど)、先生もスライドの方ばかり見て話してましたよね(ガビョーン!僕のことだったの?)」と、衝撃の辛口コメントであった。京大の学生は優しくて、授業の後に匿名のアンケートをしても、あんまり厳しいコメントは帰ってこない。それで自分はそこそこ話せていると思っていたのは迂闊であった。これは真剣に反省しようと、帰りの新幹線の中で考えた。

 失敗の原因その1。
やはり、TPOを間違ったことだろう。この手の一般聴衆向け講演(一応は医学部の学生と思ったのが大間違いだ)においてパワポで説明し続けることはやってはいけない。彼らは語りかけてくれる弁士(おそらく他の講師の方々はそうしたのだろう)を望んでいるのである。

 失敗の原因その2。
いかに秀才の誉れ高いT大医学部の学生とはいえ、真面目な話を90分聴き続けるほどの集中力はない。やはり、小話の一つや二つはいれないといけない。とまあ、つらつら考えて、「細胞生物学」を代表して話をしながら、優秀な学生をこの分野にリクルートするのには完全に失敗したな、と総括したのである。細胞生物学会員のみなさま、本当に申し訳ありませんでした。

 さてしかし、数日すると、実はどうもなにかが激しく違うという感覚が湧き上がってきた。突き詰めてみるに、そもそも「研究の面白さ」を若い人に伝えてくれ、といわれることへの違和感である。自分は「面白い」から研究しているのか?余人は知らず、私は違う。私を研究に駆り立てるものは、真理の探究に命をかけた先人たちが営々と蓄積してきた「科学」という本に、さらに1ページ、いや、せめて一つの単語でも書き加えたいという欲求である。私にとっての研究は、「ほら、オワンクラゲが緑に光るでしょ。どうしてかな、面白いね。」なんていう面白さとはほど遠く、胃酸が口に上がってくる苦しみに耐えながら、隠された真理を捜し歩く、という感覚に近い。私が好きな言葉は、ゲド戦記に出てくる次の文章だ。

 “Many a mage of great power,” he had said, “has spent his whole life to find out the name of one single thing—one single lost or hidden name. And still the lists are not finished. Nor will they be, till world’s end. Listen, and you will see why. In the world under the sun, and in the other world that has no sun, there is much that has nothing to do with men and men’s speech, and there are powers beyond our power. But magic, true magic, is worked only by those beings who speak the Hardic tongue of Earthsea, or the Old Speech from which it grew.“—A Wizard of Earthsea- Ursula K. Le Guin

 実際の所、四半世紀も研究をしてきて、“見つけた”という感覚(これはこれで痺れる感覚だったのだけど)は1回しか感じたことがない。でも、こんな話を学生にしたら、ますます逃げられてしまうので、当たり障りのない最近の研究の話をして、「ほら、面白いでしょ」なんてお茶を濁してしまう。面白いから研究をやっているなんて自分ではちっとも思っていないところが、きっと一番の敗因だったのだろう。

 まあしかし、今回のT大の講演では、私にとっては、いいことが一つはあった。もし、また市民講座もどきの依頼が来て研究の面白さを講演してくれと言われたら、胸をはって返事ができる。「僕にはそういう能力がないことは証明されています。」


(2008-11-25)

日本細胞生物学会賛助会員

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