一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.19 June,July & August (1) 小草若をさがして

入江 賢児 (筑波大学大学院人間総合科学研究科)

 「ちりとてちん」をご存知でしょうか?NHKの朝の連続テレビ小説で、2008年3月まで放送されていたもの(大阪放送局制作)です。関東地区の視聴率は最低だったそうですが、放送後発売されたDVDの売り上げは好調と、関西を中心に人気があったようです。ちりとてちんは、「心配性でなんでも悪いほうに考えてしまうマイナス志向」の、貫地谷しほりが演じる主人公・和田喜代美が女流落語家になるという話です。朝の連ドラのいつもパターンなのでしょうが、いろいろドタバタがあるけど最後はハッピーエンドにおわるので、楽しく安心してみていられるドラマで、毎朝楽しみに見ていました。

 ちりとてちんには、作り手のいろんなメッセージが入っていて、ドラマに何度も出てくる有名なものは、「だれにでもふるさとがある。帰るところがある(これは五木ひろしの名曲「ふるさと」に載せたフレーズ)」、「塗り重ねたものだけがきれいな模様になって出てくる(主人公の祖父と父は若狭塗箸職人で、その作り方を人生に反映させている)」などなどです。それから、最初は「お母ちゃんみたいになりたくない」と言って、福井の実家を飛び出した喜代美が、大阪でいろんな経験を重ね、最後には「お母ちゃんみたいになりたいんや」と言って落語をやめ、みんなにスポットライトをあてる脇役になるというのも、朝ドラによくあるパターンですが、和久井映見演じるお母ちゃんがとても魅力的で、素敵な展開でした。

 そのちりとてちんの中で、私が一番好きな場面は、草若師匠(渡瀬恒彦演じる、主人公の入門した落語家一門の師匠)が、弟子の四草(喜代美が入門した徒然亭一門には4人の兄弟子、草原、草々、小草若、四草がいる)に説教するところです。テープで落語を勉強して高座に上がって失敗し、落ち込んでいる四草に草若師匠が優しく諭します。「ええか、四草。落語ゆうもんは何百年もの間、噺家が口から口へと伝えてきたもんや。これからも人の口から口へ伝えていくもんや。お前はそこをわかってへん。」スゴくいいところです。またまた朝ドラのパターンで、この説教を機に成長した四草は何年か後、草若の孫弟子の小草々くんに同じ説教をします。

 落語の一門と研究室を同じに考えることはできないとおもいますが、研究も長い歴史の流れの中でやっていくものだし、いまやっている研究は先人の研究を元に成り立っていて、それだけで完結するものではなく、もっと先にも続いていくものです。だからその過程では、「師匠である先生から教わってきたもの、自分の経験からできてきたもの、研究方針とか実験手法の伝統みたいなもの」を次の世代に伝えていくことは、とても大事です。大先生と言われる先生は、自身がいい研究をするだけでなく、いい仕事をする弟子も育てるという話はよく聞きますし、いい研究室からは多くのいい研究者が輩出されています。

 私は残念ながら、落語の名人にあたるようなスゴい研究者ではないのですが、でも私の研究スタイルは私の師匠にあたる名人の先生方から受け継いできたものです。日々の研究の進め方、一見簡単な実験だけど注意深くやっているところ、研究発表のスタイルなど、なんかこう文章にはうまくまとめられないけど、いろんな伝統がいまの私を作っています。私は師匠の立場になってもまだ自分で実験をしています。やっぱり自分で実験をするのは楽しいです。楽しいだけでなく、なんかこう学生がやるのとは違うな、と感じるところもあります。その一方で、ちりとてちんをみていて、私も草若師匠のように自分のスタイルを受け継いでくれるような弟子がほしくなっています。でも草若師匠や私の先生方はじつにうまくやっていますが、とてもとても難しいです。私の場合、師匠が複数でうまく消化できていないところも問題です。どうやったら、草若師匠みたいになれるんでしょう?

 私の兄弟子(?)にあたるTM兄さんは独立してラボをもったとき、研究室のレイアウトを師匠である先生の研究室と同じ配置にしたそうです。その教授室には師匠の教授室同様、一門の弟子たちにお馴染みの1時間おきにメロディのなる置き時計が置いてあります(この置き時計は教授室での長い discussionの時間の目安になる)。こういうカタチを整えた「伝統の継承」があってこそ、研究スタイルも伝わるのではないか、と最近考えている。

 


(2008-09-01)

日本細胞生物学会賛助会員