一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.19 January & February (1) ひとり言

今本 尚子 (理化学研究所)

 人の一生は、宇宙時間から見ると、瞬きをするよりも短い。高校生のときに、宇宙の誕生や恒星のことをはじめて学んだときに、そのように感じたことを覚えている。その一瞬の間に、私は何をやりたいのだろう。進路も、やりたいことも、まだ何も固まっていなかった。音楽に没頭していたけれども、その道に進む才能が自分に無いことはわかっていた。どちらかというと消去法(文系は苦手)で理学部に進学した。国境のない仕事をしたいと漠然と思っていただけで、最初から研究者になろうと思っていたわけではない。研究に夢中になったのは、恩師、先輩、同僚、後輩に恵まれた大学院時代以降である。

 サイエンスは文句なしに面白い。時間を忘れて寝るのも食べるのも忘れたことがある(大学院時代)。サイエンスには国境がない。同じ興味を持ち、同じサイエンス用語で語りあえる海外研究者には、隣近所の人たちよりも親しみを覚えることがある(ポストドク時代。留学経験がなくても、以降、随分多くの海外同業者と知り合いになることができた)。サイエンスには、その人の能力や知性だけでなく、個性が表れてくる(この人らしい仕事だなと、感じられる論文が好きだ。自由な発想なくして、そうした仕事がでてくるはずがない)。サイエンスには、協力者と仲間が必要である。自分の考えを理解してもらい、相手の考えが理解できて、はじめて良い協力関係をつくることができる(PIと学生の間でも同じこと。仲間と知り合いが増えるのは楽しい)。サイエンスは、オリンピックではない(コンマ1秒を争うようなスポーツとは違うはずである)。自然の仕組みを明らかにしようとするとき、明確であれば、「解」はしばしば1つである。全くindependentに見つけた解であれば、それが同じ解であっても、少し発表が早かったとか遅かったとかいったようなことは、あまり本質的な問題ではないはずである(私の大学院の恩師は、「競争が激しくて…..」と言うと、「まだ競争をしとるんか」と悲しそうにおっしゃる)。良いサイエンスをするにはゆとりが必要である。サイエンスは自由であるべきである。同時に、サイエンスができることを感謝しないといけない。

 世の中には、大オーケストラの指揮者となっている研究者がいる。そのオーケストラの1つのパーツを演奏する楽団となっている研究者もいる。アンサンブルのような小さな楽団を組んでいる研究者もいれば、ソリストもいる。どのメンバーも、音楽を奏でる上では欠くことができない。どの立場の研究者にも、サイエンスに対するいろいろな想いがあるはずである。そうした想いが、いろんな形の「雑音」で邪魔されるときがある。そのときは、文句や不平を言っただけではだめである。想いを持つ者が、それぞれの立場で、その「雑音」を消す努力をしないといけない。瞬きのような一瞬でも輝かせたい。どの人にとっても、一度きりの人生なのだから。

 追記:水島さんに巻頭言を依頼されて、何を書こうか迷っていました。私には、内田つよし先生と岡田善雄先生の2人の恩師がいらっしゃいます。岡田先生には内田先生亡きあと、今日まで、実に多くの面でサポートを頂いています。この原稿に書いた「サイエンスはオリンピックではない」、「良いサイエンスには余裕がいる」、「サイエンスは自由であるべき」は、岡田先生のことを考えらながら書いたものでした。「まだ競争をしとるんか」、というのは岡田先生のお言葉です。1月15日に、この原稿を水島さんに提出しました。翌日、岡田善雄先生急逝の訃報を受けました。全く予期しておらず、大きな心の支えを突然失ったような気持ちです。本当に、残念でなりません。岡田先生には、言葉に尽くせない感謝の気持ちがあり、それはまた別の機会に述べたいと思います。


(2008-03-06)

日本細胞生物学会賛助会員