一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.18 January & February (1) 科学における“瓢箪から駒”

金保 安則 (筑波大院・人間総合科学研究科)

 10月のとある日、日本細胞生物学会誌巻頭言の依頼メールが飛び込んできた。Mr. Bean in Cell Biologyこと吉森氏が本誌9巻3号の巻頭言で言及しているように「本会報は日本細胞生物学会会員のバイブル」であり、私自身も巻頭言は学会を盛り上げるために一流の細胞生物学者が依頼されるものだと思っていたので、早々に仕掛人の水島氏に断りの電話を差し上げた。しかしながら、水島氏の説得に屈して依頼を引き受ける羽目になってしまった。

 さて、依頼を引き受けたものの、私のような文才のない雑学者に何が書けるのか非常に悩んだ(悩んでも何もアイデアが出てこない)。そのあげく、所詮私のような鈍才には私自身が経験した科学的エピソードしか書けない、と腹を括って筆を執ることにした。

 Mr. Bean in Cell Biology(吉森氏)は、巻頭言で御自身の数々の長所(?)を紹介されているが、私にも長所が一つあり、それは「思いこみが激しい」ということである。この長所を主張することが功を奏して、私は“瓢箪から駒”という格言が研究においても存在しうることを経験した。私が東工大に勤務していた今から約 10年前のことである。我々は当時から脂質性シグナル伝達についての研究を展開していたが、1994〜1995年にCellに発表された2つの論文に、脂質性シグナル伝達系の鍵分子であるリン脂質代謝酵素(具体的には脂質性シグナル分子のPIP2を産生するリン脂質キナーゼ)の活性化因子として低分子量G蛋白質(具体的にはRhoとRac)が同定されたことが報告された。しかし、この2つの論文は、それぞれ繊維芽細胞のホモジネートと膜透過性にした血小板に活性型低分子量G蛋白質変異体を添加して、リン脂質キナーゼ産物のPIP2が上昇することを示したものであり、どちらも非常に粗雑な実験系である。この実験系にはこれらの細胞が持ち合わせる全ての蛋白質や酵素が存在しており、当然の事ながら、上記の研究結果から低分子量G蛋白質によるリン脂質キナーゼの活性化が直接的であるか間接的であるかを断定することは誰もできない。私の「思いこみ」は、低分子量G蛋白質によるリン脂質キナーゼの活性化は間接的である、というものであった。ここで「思いこみ」と言ったが、もちろん実験的証拠に基づく仮説であった。

 すなわち、低分子量G蛋白質(RhoやRac)はリン脂質代謝酵素のホスホリパーゼDを活性化することと、ホスホリパーゼDの代謝産物がリン脂質キナーゼを活性化することが既に知られていた。私は、これらの点を線で結んで、低分子量G蛋白質(RhoやRacに加えて、ARFもホスホリパーゼDを活性化する)→ホスホリパーゼDの活性化→その産物→リン脂質キナーゼの活性化、というリン脂質キナーゼ活性化機構の仮説を立てた。そしてこの仮説をリコンビナント蛋白質を用いた再構成系で証明するように、当時大学院修士課程の学生にお願いした。彼は忠実に実験を行い、その実験結果は私の仮説を全く否定するものであった。すなわち、低分子量G蛋白質のARFが直接リン脂質キナーゼを活性化するという、新奇な結果が得られたのである。まさに「瓢箪から駒」的研究成果であった。さらにこの研究成果を発展させるために私の「思いこみ実験」は続行され、そこでもまた「瓢箪から駒」が出てきたのだが、これに関しては紙面の都合で割愛することにする。

 以上、私が経験した「瓢箪から駒」的研究成果を紹介したが、何もしないで研究成果が得られたのではないことを強調しておきたい。私は「駒の入っている瓢箪を探しまわって、その瓢箪を逆さまにして駒を出す努力」をしたつもりである。駒の入っている瓢箪を探索することは、生命科学においては真理を導き出すための仮説を立てる作業であり、その駒を瓢箪から出すことは、実験的に証明することであろう。これらの作業を怠らずに研究を遂行することが独創的な研究の創生へと繋がり、我々研究者の夢を実現させてくれるのではないだろうか。


(2007-02-13)

日本細胞生物学会賛助会員

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