一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

Vol.17 November (1) 「一日一歩」の進め

福田 光則 (東北大・生命/理研・独立主幹ユニット)

 近年、ゲノミクス、プロテオミクスに代表されるように大量のものを取り扱う手法が細胞生物学の研究分野でも威力を発揮している。これらの研究には多くの場合莫大な予算と人員を必要とするため、大きなラボならともかく小さなラボでやろうと思うと様々な困難を伴う。数人の規模のラボ(家内制手工業)で世界の巨大なラボ(工場制機械工業)に対抗するにはどうしたらよいのか?私なりに対抗手段を色々と考えたが、結局のところ毎日こつこつと実験を積み重ねるのが一番良いようである。こんな結論に達した背景には、私がこれまで取り扱ってきた蛋白質がどういう訳だかいつも10種類以上からなる蛋白質ファミリーを形成していたことにある。学部・修士時代に手がけたユスリカ(昆虫の一種で釣り餌に使われる赤虫)のヘモグロビンは12種類、博士時代に出会ったカルシウム結合蛋白質シナプトタグミンは15種類、そして現在の研究対象である膜輸送の制御因子・低分子量G蛋白質Rabは実に60種類以上である。ファミリーを形成する蛋白質の場合、個々のアイソフォームの性質の違いを明らかにすることはそれらの機能の多様性を考える上で非常に重要なプロセスであるが、そのためには全てのアイソフォームに対するマテリアルを揃える必要がある。10種類ならともかく60種類のRab遺伝子を一人でクローニングするというのは途方もないことのように思われるが、発想の転換をしてみると、1日1個クローニングすれば2ヶ月で終わってしまうのである。ヒト及びマウスのゲノムの全配列が決定されている今日ではそれ程難しいことではなく、60日間本当にクローニングを続ける忍耐力が必要なだけである(決して体力が必要な訳ではなく、1日1個の PCRであればそれほどの労力ではない)。私の場合、子供の頃に見たテレビやマンガ(巨人の星、侍ジャイアンツ、キャプテンetc)の影響のせいか、「スポ根」精神が染み付いていてこの種の仕事をあまり苦にしない性質である(こう書くとやっぱり体育会系かと思われるかもしれないが)。

 でも、この毎日こつこつと仕事を進められるという性質が備わっていたからこそ今日の研究者としての自分が存在するのも事実である。60種類のRabを揃えようと思わなければ、Rab27エフェクターSlp/Slac2(スリップ/スラックツー)の発見も無かったし、その後のメラニン色素輸送の分子メカニズムの解明にも発展しなかったと思う。もしあの時、クローニングを25番目のRabで諦めていたら、Rab27エフェクターの発見にはつながらなかったのだから。

 もちろん毎日努力したからといって全ての人が必ず研究者として大成するとは限らないが、私自身はこの姿勢を忘れずに研究を進めて行きたいと思っている。研究室を主催するようになってから自分で実験できる時間はほとんどないが、毎日少しずつでも何らかの実験は続けたいと思っている。最近では、1年近くかけて60種類のRabに対するdominant active/negative変異体120種類(実際には3種類の異なるタグで360種類)をすべて作成してみたが、出来上がってみると意外とあっけなかった。今後はこれらのツールを用いて自分にしかできないオリジナルの研究を展開し、小さな規模のラボでも何か大きなことができるということを証明したいと思っている。

 最近の若い学生さんの多くは泥臭い実験を好まず、継続的な仕事を敬遠する傾向がある。「千里の道も一歩から」と言うように、これから研究者を目指す若い会員の皆さん、自分の夢に向かってこつこつと研究を進めてみてはどうだろうか?


(2006-11-24)

日本細胞生物学会賛助会員

バナー広告