一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

2016-10-18 大隅良典先生の不思議

水島昇 (東京大学大学院医学系研究科)

大隅先生のノーベル生理学・医学賞のご受賞、心よりお祝い申し上げます。大隅先生が酵母を使って長年研究されてきたことがこのような形で最高の評価を受けることになり、大隅研出身の一人として大変喜んでおります。オートファジーが「まだ何の役にも立っていない」のにノーベル賞を受賞したのは、生物学としての基礎研究が評価されたために他ならず、細胞生物学会としても大変嬉しいことだと思います。

受賞決定直後に、テレビや新聞から多くのインタビューをうけて、大隅先生はどのような方かと何度も尋ねられました。決定直後はびっくりしてあまりそのようなことを考える余裕もなかったのと、全国に発信するのはどうかというようなこともあり、あまりきちんとお答えできませんでした。しかし、ここ細胞生物学会は大隅先生の本拠地でもありますし、報道も少し落ち着いたので、今回は二つほどエピソードをご紹介したいと思います(記者のみなさま、すみませんでした)。

2003年のことだったと思います。Gordon Research Conferenceに参加するためにボストンで一泊した際、午前中に時間が空いたので朝早く大隅先生と二人でボストン水族館に行きました。入館するとき、大隅先生は一方通行の出口に向かって、逆行するように進まれました。その先にはこちら側からは開かない自動ドアがあります。ところが、大隅先生が自動ドアに近づくと、開園直後であるにもかかわらず向こう側から歩いてくる人がいるではありませんか。タイミング良く開いた自動ドアから、大隅先生は何事もなかったかのように中に入りました。私も慌ててついていこうとしましたが、自動ドアはもうこちらからは開きません。「水島君、なんで入ってこないの?」と言われても無理なのです。大隅先生はインタビューで「他人がやらないことをやるように」ということを強調されていますが、他人と違うことができるのは大隅先生だからなのです。

しかし、いつも上手くいくわけではありません。2013年ノルウェー北部の小さな空港で飛行機を待っている時のことです。ゲート付近では無線LANが飛んでいましたが、パスワードが必要でした。大隅先生は、「パスワードなんて適当に入れてみればつながるよ!」と言って、「airport」、「norway」などと次々に試していきます。もちろんつながるはずはありません。しばらくして、「ちぇっ」と言って終わります。そのときは、パスワードをたったのひとつも試さなかった私の方が賢いと思いました。でも、今になって思えばそうではなかったのかも知れません。大隅先生の「ちぇっ」というのは半ば口癖で、この時以外にも頻繁に耳にしていました。そのほとんどは無謀な試みの結果なのですが(バーベキューで真っ黒に焦げた肉を食べてみたらまずいとか)、大隅先生は挑戦好きなのだと思います。オートファジー不能変異株をとるというのは実は何の保証もない実験で、ノルウェーの空港でパスワードを的中させるよりもはるかに難しく勇気のいる挑戦だったはずです。

大隅先生には、どうかこれからも変わらず、不思議な研究者で居続けていただきたいと思います。ただ、ノーベル賞の授賞式会場では、出口を逆行することがないよう願っています。


(2016-10-18)

日本細胞生物学会賛助会員