一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

2016-10-18 大隅良典さんのノーベル医学・生理学賞の受賞に寄せて

木南英紀 (順天堂大学学長特別補佐、国際教養学部長)

「大隅さん、ノーベル医学・生理学賞の受賞おめでとうございます。とうとうここまで来ましたね。」というのが偽らぬ私の実感です。この寄稿の役割は、オートファジー研究の草分けの時代の大隅さんについて一筆書くことが期待されているだろうと勝手に思って筆を執りました。

リソソームを発見したDe Duveとその一門の研究者が、1960年代に、動物の肝臓においてグルカゴンによって誘導されるオートファジーという形態学的な現象にリソソームが関与するという報告をしてからもう50年以上が経っております。1970年代頃からMortimoreのグループがラットの還流肝を用いて、またSeglenらが培養肝細胞を用いてオートファジーの先駆的な研究がなされてきました。絶食やアミノ酸除去によって、細胞質のオルガネラやタンパク質を取り込んだオートファゴソームおよびリソソームと融合したオートリソソームが出現すること、また様々な阻害剤や分岐鎖アミノ酸がオートファジー・リソソーム経由のタンパク質分解にどう影響するかなどの研究が行われていました。オートファジーの指標として、オートファゴソームやオートリソソームを電子顕微鏡で面積を測定して定量化するという方法、あるいは放射線ラベルしたタンパク質の遊離アミノ酸への分解速度を調べ、リソソーム経由のバルクのタンパク質分解がどの程度であるかという方法が一般的でした。そこから先のオートファゴソームの形成メカニズムやオートファジーの分子生物学的研究には進めない状況にありました。

大隅さんは、東京大学理学部の安楽泰広教授の下で、酵母の液胞の研究、即ち単離した液胞膜を用いてのH+-ATPaseの発見とその性質の解析や液胞膜の塩基性アミノ酸の輸送システムについて精力的に解析を進めておられました。加水分解酵素群を含む大きな液胞の、とくに膜の機能に関心があったと思われます。1988年に東京大学の教養学部で独立研究室をもったとき、直ちに酵母でオートファジー研究を始めたとのことです。それは、安楽研究室での液胞研究に加えて、動物細胞でのオートファジーの研究の現状も熟知しており、誰もやっていない、気づいてない酵母を用いてオートファジー研究をブレイクスルーし、新しい世界をつくることができるという確信をもっていたと私は思っております。その戦略が、まさしく今回のノーベル医学・生理学賞受賞に結びついたわけです。

教養学部へ移ってすぐに、プロテアーゼ欠損株を用いて栄養饑餓の条件下で、液胞の中に細胞質成分の一部が取り込まれたオートファジー小体(動物細胞のオートリソソームに相当)が動く状態を光学顕微鏡下で捉えたと聞いております。そこから遺伝学的解析に移り、1993年に形態学的指標に基づき、自食作用不能株(apg)を多数分離し、自食作用に少なくとも14個の遺伝子が必須であることを報告しております。自食作用不能株(apg)では、液胞内にオートファジー小体ができないので、オートファゴソーム形成かそれ以前のステップにAPG遺伝子は関与することになります。ついで、APG遺伝子を次々クローニングし、塩基配列を決定しますが、APG遺伝子群はApg6が液胞への輸送に必要なVPS30遺伝子と相同であるという例外を除いて全て新規の遺伝子であり、その配列情報から機能を推定することが出来ませんでした。この頃、遺伝子群の機能解析をどうアプローチすべきか大変悩んでいたという話を後日聞きました。

1995年秋に、突然、大隅さんから私に電話があり、酵母のAPG遺伝子の機能解析を一緒にやってもらえないかということでありました。この頃、日本でオートファジー研究をやっていたのは、九州大学薬学部の加藤敬太郎先生のグループ、関西医大の田代裕先生のグループ(大阪大学の吉森保教授は、この研究室から大隅研に参加)と順天堂大学の私達の研究室で、すべて動物細胞を対象としていました。当時、私たちは、ラットの肝臓から単離したオートリソソームとリソソームの膜成分のタンパク質を二次元電気泳動で分析し、オートリソソームのみに存在するタンパク質をオートファゴソームのマーカーとして同定後、分子生物学的解析に持ち込もうとしていていました。しかし、オートリソソーム膜に吸着した取り込まれたタンパク質を完全には除くことができず、困っておりました。しかし、この時期に大隅さんたちは、すでに酵母からオートファジー遺伝子群を多数発見していたわけです。大隅さんの研究戦略で優れている点をもう一度まとめると、1)動物細胞でみられるオートファジーという現象を酵母でも起きることを確認し、2)酵母でオートファジーを観察できる指標を定め、3)遺伝的手法により、オートファジーに関わる遺伝子群をまとめて同定したことにあります。ほぼ同時期に、酵母からオートファジー関連遺伝子を見つけた研究者もいましたが、方法論が異なっており、網羅的ではなく、その後の機能解析が進みませんでした。

駒場の大隅研究室を訪ねたところ、酵母に特有な液胞酵素の輸送機構、cvt経路に関わる遺伝子の一部がAPG遺伝子と共通することをKlionskyらが見出しており、競争的環境にある事などを伺いました。私達の研究室には酵母の研究者はおらず、大隅さんの弟子のお一人を我々のスタッフに迎えること、また具体的にどの遺伝子を我々は解析するかなどを話し合いましたが、彼は丁度その頃、教授選考の途上にあり、具体化するのは少し待つことにしました。この年の10月頃だったと記憶していますが、仙台で細胞生物学会があり、「オートファジー」に関する小規模のシンポジウムを開きました。この頃、プロテアーゼの研究は古くからなされていましたが、細胞内のタンパク質分解の機構・重要性はまだそれほど注目される時代ではありませんでした。従ってAutophagyというに関心をもつ研究者は少なく、広めるために名称をどうするか5、6人で知恵を絞ったのを思い出します。「自己貪食」が比較的よく使われていましたが、「自食作用」で行こうと決めました。しかし、今は「オートファジー」が最もよく使われております。

まもなく、大隅さんは基礎生物学研究所の教授就任が決まり、1996年4月から岡崎で本格的にAPG遺伝子群の機能と遺伝子群の相互作用の解明を進める体制が整うことになります。

その後の研究の進展は驚嘆する程のスピードでした。上述した吉森 保さんが助教授として加わり、東大教養学部からついてきた野田健司さんに加えて、東京医科歯科大学から水島 昇さん(現東京大学大学院医学研究科教授)が参加したことにより、大隅さんの着想が一気に予測を超える結果として実を結ぶことになりました。水島さんは、膠原病内科の大学院を修了してすぐに大隅研に参加しました。基礎生物学研究所に赴任する前に、大隅さんの勧めで私の研究室に挨拶に来られました。大隅さんの総説を読み、自分がやりたいのはこれだと気づき、直ちに大隅さんを訪ね、弟子入りをお願いしたということでした。酵母をやった経験はあるのと聞いたところ、「ありません」という返事でした。しかし、まもなく大隅さんの鋭いひらめきと水島さんが中心となった解析で、ユビキチン様の共有結合的修飾がオートファジーに必須であるという驚くべき事実をやがて見出すことになります。

我々の研究室には、1997年4月から大隅さんの推薦で、谷田以誠君がスタッフに加わり、酵母Apg7の研究、その後それに相補的なヒト遺伝子を分離・同定をすることになります。

1997年の夏の暑い頃、大隅さんのグループが私達の研究室に来られました。Atg12とAtg5によるユビキチン様結合の形成がオートファジーに必須であることを細胞抽出物を用いて見事に証明した実験結果を水島さん、大隅さんが情熱的に説明したのを今も鮮明に覚えています。我々も興奮しながら驚きをもって聞きました。これでオートファジー研究は新しいステップに入り、機能解析が一気に進むことになるだろうと大隅さん達は確信をもっておりましたし、我々も全く同感でした。論文は、1998年にNatureに発表されました。

その前年の1997年に基礎生物学研究所で、大隅さんの主催で、オートファジーに関する第1回の国際会議が開かれました。世界中からまだ決して多くはなかったオートファジー研究者に加えてエンドサイト-ジスや液胞・リソソームの研究者達が集まり、これがオートファジー研究の世界最初の学会となりました。

高等動物におけるオートファジーの研究も大隅研で始まり、Apg8のホモログであるLC3が修飾を受けた後、オートファゴソームに局在することを吉森さんが中心になり解明し、我々も一部の研究に参画しました。2000年に、EMBO Jに掲載された論文は今もオートファジー関連論文の引用率第一位となっています。なお、研究の進展に伴い、APGという遺伝子名はATGという名称に統一されることになります。

その後、不要なタンパク質の分解・リサイクル機構として研究されてきたオートファジーは、多様な細胞内機能をもつことが明らかになり、今や研究は大きく拡大しつつあります。オートファジーのもつ細胞の浄化作用や細胞内に進入した病原菌の除去などの働きが神経変性疾患をはじめ様々な疾患や感染症の病態に密接に関与していることが、吉森さん、水島さん、小松さん(新潟大学大学院医歯学総合研究科教授)などの日本の研究者によって明らかになりました。さらに、世界中から多くの研究者の参画もあり、今やオートファジーは、大きな研究領域の一つになっている。

大隅さん自身は、その後もずっと酵母を用いてオートファジーおよび選択的オートファジーの分子機構、生理機能の研究を続けておられます。最近も、オートファジーの初期過程に働く巨大複合体の仕組みを仲間とともに解明した論文が発表され、研究意欲が益々盛んなのはすばらしいことと思います。

大隅さんは根っからの研究好きで、オートファゴソーム形成には、5つの複合体が関与しているという輪郭が見えてきた頃、ぼつっと「技術員一人と温めてきた考えを時間の合間をみてやりたいと思っている。実験はやると楽しいものね」と私に語りかけました。事実「楽しみ」をやり始めたようでしたが、その内に忙しくなり、とてもそんな時間はなくなったようです。様々な疑問や技術的に困っている学生にアドバイスをしているテレビに映った大隅さんの様子を見ると、やはり研究好きの姿勢は変わらないなと納得しました。

彼は、いつも自然体で大きな賞を受賞してもあまり変わらないようです。ノーベル賞受賞決定後の姿をテレビで拝見していても、その語り口は飄々としており、淡々と話されている姿勢が、一般の方から親しみやすく、好感度に映っているようにみえます。これからスウェーデンでの受賞式まで超多忙で大変だろうと思います。カナダでのガードナー国際賞の受賞式も大変疲れたと言っておられたが、ノーベル賞受賞式は奥様と共に最高の栄誉を噛みしめ、楽しんで欲しいと思います。最近、大隅さんは機会のある毎に、基礎研究の重要性を訴えられており、テレビのインタビューでもそのことを口にされています。マスコミもそれを取り上げ、今基礎研究を充実しなければ将来の日本の研究は危ういという論調も出てきております。でも、それがすぐ社会に役立つ技術研究に重点を置く政府を動かすところまでいくかどうかは、他の領域を含めた基礎研究者が中心となり、「基礎研究充実」の大きなうねりをつくっていけるかどうかにかかっているように思われます。

大隅さんのますますのご活躍とご健康を祈念しつつ、オートファジー、即ち自食作用が本当に一般の方々にも理解してもらえるようになったことをオートファジー研究者仲間の一人として素直に喜びたいと思います。当分は難しいと思いますが、落ち着いたときに、ゆっくりと昔の仲間を交え、語り合うことができればと思っております。


(2016-10-18)

日本細胞生物学会賛助会員