一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

ミーティング見聞録

有吉哲郎(理化学研究所生命機能科学研究センター)

2018年12月8日から12月12日までアメリカ・サンディエゴにて開催された「ASCB|EMBO 2018 meeting」(以下ASCB|EMBO)に、若手最優秀賞の副賞として助成金を賜り参加させていただいた。

西海岸のほぼ最南端に位置するサンディエゴの冬はとても暖かく、到着した日は雲ひとつない快晴であった。日本を出発した時のまま厚手のジャケットを着込んでいた私はあっという間に汗だくになってしまい、ホテルを見つけるまでかなりの距離を歩いたこともあって到着早々かなり体力を消耗する羽目になった。国際学会というのはかくもハードルの高いものである。

大会一日目。薄着に着替えて会場入りすると、まず規模の大きさに驚かされた。会場となったサンディエゴ・コンベンションセンターの総面積は約25万m2、パシフィコ横浜の約5倍である。4日間で約3500枚のポスターが展示され、シンポジウムなどの口頭発表演題数は350を超える。これに加え各種教育講演やプレナリーレクチャー、キャリア支援やLGBTQ+支援の講演などが会場内の到るところで開催されるので、まずその日のスケジュールを決めるだけでも一苦労だ。また、日本国内の学会に比べ企業展示が充実しているというのもASCB|EMBOの大きな特徴の一つで、200近くのブースに加え企業専用のプレゼン会場が数箇所あり、開場から閉場までひっきりなしに様々な新製品が紹介されていた。この日は私が興味を持っている顕微鏡関連の企業が多数プレゼンを行っていたため長い時間をこの企業用会場で過ごしたのだが、「超解像」と「自動化・ハイスループット化」という最近のトレンドに沿った新製品について貴重な情報を入手することができた。国内ではまだ耳にしない最先端製品について学ぶことができる素晴らしい機会であったが、同時に何が本当に優れた製品か見極める能力が無いと混乱してしまうかもしれないとも感じた。

大会二日目。この日は夜に自分の発表が控えていたので、昼過ぎまでポスターをざっと見渡した後はホテルの部屋にこもってギリギリまで練習に勤しんでいた。私の発表内容は「生きた細胞内でmRNAの時空間動態を観察可能な蛍光RNAの開発」という技術開発についてであったが、発表予定となっていたのは“Nucleus”という、技術開発よりも生物学的発見に主眼をおいたセッションであった。しかも発表順は10人中10番目、おまけに私の発表は論文未発表、他の発表はScienceなど一流紙に発表済みのものばかりで、加えて自分以外はほぼ全員英語のネイティヴスピーカーという、いわば「超アウェー」な環境で発表を行わなければならなかった。事前にセッションのテーマに合わせて発表内容をアレンジしたりネイティヴスピーカーの方に発音をチェックしてもらったり、途中オーディエンスが笑ってくれそうな「小ネタ」を仕込んだりと準備は整えてきたが、やはり緊張は拭えない。不安な気持ちのまま会場入りすると、目の前で他の演者の方が素晴らしい発表を次々とこなしてゆく。研究内容がおもしろいのは勿論のこと、やはり全体的にプレゼンテーションのレベルが高くオーディエンスに内容をわかりやすく伝える技術に皆長けている。こんな中果たして英語もままならない自分の発表をみんな理解してくれるのだろうか、とますます不安になっていると、プレゼンの準備を色々と手伝っていただいたボスがそっとやってきて、一言声を掛けてくれた。「そんなに緊張する必要はない、自信を持ちなさい」。今思うとその一言がなかったらあんなにリラックスして発表できなかったかもしれない。結果としては大成功で、流暢ではないが丁寧な英語でゆっくり発表することができ、「小ネタ」もヒットして爆笑を誘うことができた。内容をアレンジした甲斐があったのか多くのオーディエンスに興味を持っていただき、発表終了後たくさんの方が直接私を訪ね色々なことを質問してくれた。中にはTwitterで話題にしてくれた方もいて、自分の開発した技術を世界中に宣伝する非常に良い機会となった。

惜しむらくは、質問等の対応に追われてセッションのオーガナイザーにお礼の言葉を言うのを忘れてしまったことである。数多くの候補演題の中から全く得体の知れない私の演題を選んでいただいたのだから一言お礼を言うべきだったし、あわよくばこの機会に顔と名前を覚えてもらえれば今後の研究にもプラスになったであろうと思うと大変失礼な、そして勿体無いことをした。私にとってはこの学会における最も大きな反省点であった。

さて、気を取り直して大会三日目。この日は様々なセッションを少しずつハシゴしたのだが、特に興味深かったのが“Phase transitions in the cell”というセッションであった。相転移・相分離現象は様々な生命現象の理解に新しい階層をもたらすものとして現在急速に注目を集めつつあるが、このような最新の流行をいち早く1つのセッションとして確立してしまうのもASCB|EMBOの特徴の1つであろう。これまで現象論的理解にとどまっていた相転移・相分離現象だが、酵素反応速度論から見たその機能的意義にまで迫った研究発表があり大変興味深かった。

大会四日目は私にとって最終日となる日であった。午前中少し市内を観光した後、この日はポスター発表を見て回ることに多くの時間を費やした。実は昨年フィラデルフィアで開催されたASCB|EMBOにも参加していたのだが、その時よりも論文未発表の内容が多いように感じた。同じアメリカといっても西海岸と東海岸で文化が違うのだろうか。この日もPhase separation関連の発表が多く非常に興味深かったのだが、中には半ば無理矢理Phase separationを絡めたような発表もあり、流行に敏感であることの負の側面についても考えさせられることとなった。

翌日、再びジャケットを着込み、成田まで12時間かけての帰路についた。窮屈な座席で身を捩らせながら、今学会に参加した意義についてこう思いを巡らせた。最初にも書いたが、国際学会への参加はハードルが高い。気候も違うし言語も違う、遠く離れた異国の地に片道数十時間かけて出向くのは肉体的にも精神的にも一苦労だ。加えてそこで発表をするとなると消費する時間と労力は多大なものとなる。それでも、苦労して到着した先で得た経験は国内に留まっていては得難いものであったことは間違いない。単に海外の研究に追従することが良いことだとは決して思わないが、国内の研究と海外の研究では何が違っているのか、また自分の研究成果は世界から見てどのような場所に位置しているのか、その距離を見定める努力を怠っていては国際的に一流だと認められる研究者にはなれないだろうと痛感した。私の場合で言えば、発表が好評であったことで自分の開発した技術が先端を行っていることに自信が持てたし、一方で国際的な人脈を持っていないことのデメリットにも気付かされた。本当に、特別な経験をさせていただいたと思う。大野博司会長を始め、このような貴重な機会を提供していただいた日本細胞生物学会の皆様に改めて感謝の意を表したい。

成田に到着すると、「科研費が100億円増」というニュースが目に飛び込んできた。そのうちの幾らかは、今回の助成金のように若手研究者の国際的交流を促すために使っていただきたいと切に願う。



(写真1)発表中の筆者遠影。この写真だとあまりオーディエンスがいなかったように見えますが、後方の席はほぼ満席に近い状態だったんですよ!

(写真2)発表終了後いただいた証明書。記念として家に飾っています。

日本細胞生物学会賛助会員

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