一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.8 タンパク質の社会 in Boston

奥田 傑 (Kahne lab, Department of Chemistry and Chemical Biology, Harvard University )

・特定領域研究「タンパク質の社会」ニュースレターから転載(2011-03-11掲載)

 みなさん、お久しぶりです。元気に研究されてますでしょうか?東京大学・分子細胞生物学研究所の徳田研で「大腸菌リポタンパク質の輸送機構の解明」という、タンパク質の社会班のなかでは少々マニアックな研究をしていた奥田です。現在はハーバード大学、化学・化学生物学科? (Department of Chemistry and Chemical Biology) のDaniel Kahne研究室でポスドクとして働いています。勝手にタンパク質の社会ボストン駐在員を名乗りアメリカで生活を始めてもうすぐ二年。この度、研究室紹介のコーナーに寄稿する機会を頂いたので、簡単にアメリカでの日常・研究生活、日本との違いなどについて書かせていただきたいと思います。

学園都市ボストン
ハーバード大学はアメリカの中でも日本から遠く離れた東海岸の都市、ボストンにあります(厳密には僕がいるキャンパスは隣のケンブリッジにあります) 。アメリカ独立の舞台であり、アメリカで最も歴史ある街として知られるボストン。ハーバードの他にもMIT、タフツ、ボストン大学など数々の大学が存在し、学園都市としても有名です。街にも学校関係者が多いためか外国人にも比較的親切なように感じられます。アメリカでは人種差別は必ずあるものだと覚悟して来たのですが、これまで人種差別だと思うようなことはあまり経験したことがありません。街もヨーロッパを思わせる雰囲気の良い街並です。もちろん良いことばかりではありません。物価は高いですし、家賃も東京の一等地並みに高いです。アメリカではプール付きの家が安く借りられるなんて聞いていたのですが、ボストンに限っては全くそんなことはありません。また気候もあまり過ごしやすいとは言えません。夏は比較的湿度が高いし、冬は寒い上に週の半分くらいは雪が降っています (今年は雪が多い!) 。くそー、なんだよアメリカ!と時々思ったりしますが、きっと北海道だってこれくらい寒いはず、と思い直してアメリカに八つ当たりするのを踏みとどまっています。治安に関してはアメリカのなかではかなり良い部類に入るはずです。もちろん住民が銃で撃たれたなんてニュースや学校の敷地内での発砲事件など聞くこともありますが、ここはアメリカ。きっと他の土地ではもっと危険なことが頻繁に起きているはず。ちなみに帰り道を歩いていて強盗にあったという話は頻繁にメールでまわってきます。ナイフや銃を持った男が財布やiPhoneを脅し取って行くようです。おとなしく渡せば手を出されるわけではないようなので、いわゆるカツアゲみたいなものだと思えば日本とそこまで違うわけではありません。勇敢にも?2人組に抵抗してナイフで腕を切りつけられたあげく財布をとられたという話が一度だけあり、その被害者が近くの建物で働いている知り合いの日本人であったことを聞いて唖然としました。よほど腕に覚えがあったのか?とてもそうは見えないのですが・・・。強盗とはいえ同じ人間、どうやら雪が積もる冬は彼らも活動を休止するようなのでこの時期は安心です。

ボストンでの生活
アメリカでは車がないと生活できないというのが当たり前だと思っていたのですが、僕は車を持っていません。郊外に住むなら別ですが、ボストンは街があまり大きくないのと地下鉄がそれなりに発達しているため、車を持たずに生活できるという意味ではアメリカ的ではないかもしれません。それでもたまには車が必要になるときはあります。例えば、今降り積もる雪を見てスキーに行きたくなった場合など、そんなときにはZipcarというカーシェアリングシステムを利用して車を借りられます。数十ドルで会員になると、一時間あたりガソリン代込みで10ドル程度、一日ならば100ドル弱 (車種による) で車が使えます。この車は街のいたるところに置いてあり、使いたいときにネットで予約するだけなので、車を普段使わない人にとっては、安上がりで便利な良いシステムだと思います。
ボストンは学問だけでなくスポーツも有名。なかでも最も日本人に有名なのは、ボストン・レッドソックス。バスケットボールのセルティックスやアメリカンフットボールのペイトリオッツも非常に強く、アメリカでは有名なのですが、やはり我々日本人に一番馴染みがあるのは野球でしょう。僕もアメリカで最も古く歴史のある野球場、レッドソックスの本拠地フェンウェイパークに何度か足を運びましたが、いつ行っても楽しめます。球場が狭いせいもあってか選手が近くて迫力があり、野球がよくわからなくても楽しめるような独特の雰囲気です。松坂は給料に見合った活躍をしていないせいかそうでもないのですが、岡島はボストンのファンから愛されているような感じがしました。なかなか感慨深いです。忙しい毎日のたまの息抜きとして、こんな球場に遊びに行けるのはボストンの良いところです。チケットは確かに取りづらいのですが、ヤンキースやドジャースなどの超人気球団との試合以外なら運が良ければ手に入ります。ボストンに来る機会があればぜひチャレンジを。
そしてこれはボストンも例に漏れず、と思ったのは、アメリカに来た日本人みんなの言う通り、郵便が全然届かない。僕ら日本人の感覚からすると意味が分からないのですが、本当に届かない。それにも関わらず、小切手など大事なものでも平気で普通の郵便で送ります。届かなくて苦情を言うと再度同じことをしてまた届きません。宛先を大学にするとほぼ間違いなく受け取れているようなので、家の近くの郵便局に問題がある気が。彼らが何をしているかは大方予想がつきますが・・・ちなみに郵便受けに入らないような大きな郵便物は平気で郵便受けの下に置いていきますので盗まれたなんて話もたまに聞きます。ただこんな経験から学ぶのは、これがアメリカだということ。日本では「転ばぬ先の杖」なんていうくらいですから、常に先を考えて問題が起らないように考えて作戦を立てます。アメリカでは、まずやってみて問題が起ったら解決しよう、みたいな考え方が根付いているような気がします。これは研究の進め方に関しても同様のことが言えるかもしれません。このやり方は最終的に遠回りになる可能性もありますが、もちろんそれなりの利点もあります。これを学ばずしてアメリカからは帰れません。なにはともあれ、ミスに寛容と言われるアメリカ人。これだけ問題が起ればミスに寛容になるのも当然でしょう。僕も来た当初はあまりのいい加減さにイライラしましたが、今では多少おおらかになりました。アメリカにいる限り、この状況を憂いても仕方がないのです。届かないものが手に入るか、失ったお金を取り戻せるかなどは交渉次第 (あとはこちらにとって都合の良い人を引き当てる運も重要) 。彼らにマニュアルなんてありません (あるけど覚えてないだけ?) 。さすが自由の国アメリカ、こんなところの自由度も高い。

Daniel Kahne labでの生活
 ハーバード大学に来て驚いたことのひとつは、講演の多さである。週に何度も色々なところから研究者が来てセミナーをしていくのです。これは英語がわからないにしても聞かない手はないと思うところなのだが、残念なことに研究室の所属が化学系なので僕の建物に来るのはほとんどが有名 (らしい) 有機化学者。僕にとっては全く馴染みのない名前ばかり。同じハーバードでもメディカルスクールならば話が違うのですが、メディカルスクールまではバスで片道30分。渋滞につかまれば1時間かかることも。というわけで、わざわざ講演を聴きに行くこともなく、豪華な講演はいかしきれない生活を送っています。しかし講演などあくまで前菜。メインの研究では豪華な装置たちに囲まれて便利にやらせてもらっています、と言いたいところなのですが、ここにも化学の影が。研究室では現在、大腸菌の外膜に存在するβバレルタンパク質のフォールディング機構や LPS (リポ多糖) の輸送機構、またペプチドグリカンの形成機構などについての研究をしているのですが、ボスであるDaniel Kahneは、元々は糖化学者として有名であったらしく、研究室の作りも有機化学をするのに適した作りになっているのです。研究室では勉強机と実験机が一人一つ割当てられているのですが、さらに一つ使いもしないドラフトまで割り当てられています。こんなもんいらないから電気泳動用のパワーサプライを一人一台買ってくれ、と日本から来た僕は思ってしまいますが、どうやらアメリカのラボ (少なくとも僕の周辺) では研究室内外問わずシェアする意識が強いようです。他のラボの人間もかなり頻繁に試薬やら装置やらを借りに出入りします。ラボのメンバーはポスドク、学生合わせて20名弱、現在では2名ほどの有機化学のポスドクを除いたメンバーのほぼ全員が生化学の実験を行っているにも関わらず、蛋白質のゲル泳動槽はミニゲル用が4台のみ。ウェスタンの結果をフィルムに焼くのに暗室を求めて別の建物まで毎回旅に出ます (徒歩1分程度ですが雨や雪がよく降るので面倒) 。来た当初はこれでやっていけるはずがない、もっと色々買い揃えてもらおうと思いましたが、人間なんでも慣れるものです。泳動槽だって1?2時間待てば空くわけですし、ラボに一台しかないFPLCだって1週間前から予約しておけば使いたい日に使えるわけです。大した問題じゃないのです。しかし、こうして考えると何一つ不自由なく装置を使えていた徳田研の歴史の重みを感じさせられます。
研究室の雰囲気は同じ部局の他の研究室と比べるとギラギラ、ガツガツした人が少ないように思われます。それでも皆やる気に満ち溢れていて、こんな環境で研究できるなんて幸せだなあ、と日々感謝しながら研究しています。アメリカ人はみんな夕方にはいなくなるなんて話を聞いていましたが、全くの嘘でした。みんなよく働きます。ボスのDanはおしゃべり好きのナイスガイ。忙しいはずなのですが、暇を見つけては誰かをつかまえに来て教授室へと連れ去り、時間のある限り話をしています。偶然廊下でつかまっただけなのに3時間も話してしまったなんてこともよくあります。話題は研究の話からプライベートな話までなんでもありです。あまりに楽しそうに研究の話をするものだから、子供みたいだな、なんて言ってしまったときは子供らしくあることのすばらしさを1時間くらい聞かされました。話の長さに対する不満を言う学生もいますが、それくらいしか不満がないなんて素晴らしいではないですか。
肝心の僕のプロジェクトは、大きくいうと大腸菌外膜の形成機構の解明と新規薬剤探索、ということになると思います。具体的には大腸菌において、LPSを内膜から外膜の外側へ輸送する因子はどのような複合体を形成し、どのようにLPSを輸送するのかということをクロスリンクやリポソームを用いた再構成系を用いて解明するという研究をしています。またLPS輸送複合体を構成する因子の一つであるβバレルタンパク質やリポタンパク質はそれぞれ別の装置によって外膜へと局在するのですが、これらの装置間にはどのような相互作用があるのかということも研究対象の一つです (タンパク質の社会!?) 。最近では、せっかく有機化学が得意なボスのもとで働いているので、これらのグラム陰性細菌の外膜を形成するために必須なタンパク質装置を標的とした薬剤の探索というプロジェクトも始めました。研究室に来た当初はラボ初の生化学のポスドクであることと比較的近いことをやっている研究室から来たということで多少警戒されていた?感じもありましたが、今では多くの学生と共同で様々なプロジェクトに取り組んでいます。

最後に
アメリカで生活することにはもちろん良い面も悪い面もあると思います。悪いことの一つはやはりタンパク質の社会の班会議に参加できないことでしょう。あのアットホームな空気が懐かしいです。また日本に帰ってみなさんにお会いできる日を楽しみにしています。その日に向けてこちらで日々精進いたします。ボストンを訪れる機会があればぜひご連絡を。



写真1 独立記念日のコンサート
全米で中継されるくらいこの日のボストンは盛り上がる。この日はアメリカ人の国に対する誇りをこれでもかと見せ付けられます。

写真2 松井 対 松坂
運よく日本人対決を見ることができました。ボストンにいるのになんとなく松井を応援してしまいました。


写真3 雪のハーバードヤード
冬はこのようにキャンパスは雪に覆われています。小さく見えるのがジョン・ハーバード像。足のつま先に触るとご利益があるらしい。

写真4 Danの家でのホームパーティー
年に何回かボスの家でホームパーティーが開かれます。学生時代は美術も専攻していたらしく、家には絵画や彫刻がいっぱい。真ん中のナイスガイがわれらがDaniel Kahne。大きくはないですけどマッチョです。


奥田 傑 (おくだ すぐる)
略歴 2008年、東京大学農学生命科学研究科博士課程修了 博士 (農学)
2009年4月より現在の所属、Harvard University, Department of Chemistry and Chemical Biologyにてポスドク。
現在の研究テーマ 大腸菌外膜の形成機構の解明と新規薬剤探索
メールアドレス okuda@fas.harvard.edu

(2011-03-11)

海外研究室だより

  • 株式会社医学生物学研究所
  • MHCテトラマー4品目およびCTL誘導ペプチド4品目 新発売 www.mbl.co.jp

日本細胞生物学会賛助会員