一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.7 ボルチモア的生活

田村 康 (Sesaki研究室、Department of Cell Biology, The Johns Hopkins University School of Medicine)

・特定領域研究「タンパク質の社会」ニュースレターから転載(2010-10-01掲載)

ジョンズホプキンス大学にポスドクで行くと話した途端「夜間は赤信号でも止まらず進まなくてはいけない」とか、「刺されないように気をつけろ」とか、「とにかく生きて帰って来い」などとさんざん脅しをかけられたのも今では良い思い出。私がメリーランド州ボルチモア市にあるジョンズホプキンス大学で研究生活を始めてもう4年目となりました。アメリカにやって来た当初は英語が全然わからないし、どこもかしこも危険な感じがするし、女の子がみんな自分より大きいしで、早く日本に帰りたいとばかり考えていた私ですが、今ではすっかりここでの生活にも慣れ、ホプキンスでの研究生活を楽しんでいます。簡単に自己紹介させていただきますと、私は名古屋大学理学研究科博士後期課程(遠藤斗志也研究室)を修了後、ジョンズホプキンス大学医学部細胞生物学科にあるSesaki Lab.(瀬崎博美研究室)においてポスドクとしてミトコンドリアの形態制御機構の研究をスタートしました。本稿では、私がこれまでに経験したアメリカでの日常生活の事や、ジョンズホプキンス大学での研究生活の事、所属するSesakiラボ、最近の私の研究について紹介させていただきます。

ジョンズホプキンス大学
私が通うジョンズホプキンス大学のメディカルキャンパスは、危険と言われるボルチモア市の中でも低所得者層が多く住む地域にあり、大学から数ブロック離れた場所は夜間絶対一人で歩きたくない雰囲気がプンプン漂っています。このご時世に研究者として生きる事を決断した学生、ポスドクの同士の皆様、すなわちちょっぴり危険でリスクを伴う事を人生のスパイスとして楽しめる人達にとってはうってつけの生活環境です。しかしキャンパス内外の四方八方、いたるところにガードマンがいるので実は大丈夫、キャンパス内は安全です(夜中まで実験できます)。そんなちょっぴり危険な所にそびえ立つジョンズホプキンス大学医学部ですが、20年間連続でアメリカNo.1ホスピタルにランクされる大学病院を筆頭に、実に47つのデパートメントから構成されるアメリカでも屈指の医学生物学の研究施設です。シーケンシングファシリティーはもちろん、マイクロアレイ、プロテインチップなど網羅的解析技術を提供するハイスループットセンター、様々な顕微鏡を備えたマイクロスコープファシリティー、実験動物を管理するアニマルファシリティーなどの研究施設が充実しており、効率的に研究を行う仕組みが整っています。このような施設が充実している一方で、個々の研究室が所有する機器は、日本で使用されている物に比べ全体的に古い様に思います(少なくとも私が目にする範囲では)。そもそも1つのラボが所有する機器の数が少なく、日本では各ラボに一つずつあるような物、例えばアガロースゲル撮影装置、大型遠心機、吸光度計や、振盪培養器にいたるまで、デパートメント内のどこかのラボが所有していたら基本的にはデパートメントの共通機器として皆が使用する仕組みになっています(デパートメントが違っても建物が近ければ機器を使わせてもらいに行く事もしばしばあります)。最初は日本と違う仕組みにかなり戸惑いましたが(英語で知らないラボの人に挨拶するテンションがつらいのと、他のラボの物なのに自分が一番使っていたりすると気が引ける日本人体質のため)、そんなこと言っていると全く研究が進まないので慣れるしかありません。今となっては、アメリカ的な合理的で良いシステムだと思うようになりました。このシステムはホプキンスだけと言うわけではなく、アメリカ全体で共通しているようなので、これからアメリカに留学する皆さんは他のラボの機器をまるで自分で買った物かのように使いましょう。
 私が所属するデパートメントでは機器のシェアだけでなく、学生、ポスドクのセミナーも合同で行っています。この合同セミナーにより、学科内の様々なラボの最新の研究成果や、研究方法などに触れる事が出来るだけでなく、アメリカ式のプレゼンテーションを学ぶのに非常に役に立ちます。アメリカで学ぶ学生のプレゼンテーションの上手さは、アメリカに来て衝撃受けた事の一つです。まずどの学生もとても堂々と発表します。どれだけ持っているデータが少なくて、日本人からしたら開き直っているとしか思えなくても、皆ひるみません。それと比べると日本人の学生は(私も含め)若干おどおどしているかもしれません。こう言うのは文化的背景が影響している事は間違いないと思いますが、訓練と心構えでだいぶ改善できると個人的には感じました。またこちらでは、見せるデータは最小限で、伝えたい論理展開や、コンセプトを最大限わかってもらう事に主眼をおいてプレゼンしていると感じました。アメリカにおいてプレゼンテーションは、「研究」と言う事からはちょっと離れた別次元のショーのようなものとして存在しているように思います。さすがはエンターテイメント大国だなぁと感心しました。

アメリカの生活 in ボルチモア
ボルチモアと言うと、どうしても危険と言うイメージがつきまとうのですが、私はアメリカでここにしか住んだ事がないので、特に危険とも思わないし、実際危ない目に会った事もありません。ただ強いて言うなら、道でお金をせびられる確率がちょっと高い気がするのと、車上荒らしにあって窓ガラスが割られている車や、明らかにお薬が効いている人をたまに見かける程度です。ただピッツバーグ大学に留学していた中務邦雄さん(現名古屋大学助教)や、現在もテキサスA&M大学に留学中の佐藤健大さんがボルチモアに遊びに来てくれた時は、在米期間が私より長いにも関わらず相当怖がっていました(確かにピッツバーグやテキサスのカレッジステーションの方が安全そうではあった)。でもまぁ、アメリカの都市なんてきっとどこもこんなもんでしょう(無責任発言)。なんて、余裕をかませるまでに、実は私の場合1年くらいかかりました。留学で一番大変で大切なのは、まずその場所に慣れ、生活を軌道に乗せる事です。生活のセットアップがおぼつかないままでは研究どころではありません。ただここはアメリカ、日本のように時刻表通りに電車が来る国とは違うので、必要な書類を一つそろえるのも一筋縄ではいきません。思い出せば、生活が安定するまでに色々大変だった出来事が次から次へと浮かんで来ます。まずアメリカで給料をもらうためにはソーシャルセキュリティーナンバー(SSN)を申請し、その番号が記入されたSSNカードを手に入れ、銀行口座を開設すると言う一連の流れがあります。さらに運転免許証を取得し、車を購入する所まで行ければ完璧です。しかし私の場合、これらの手続きにおいて、SSNカード、銀行のATMカード、取得した運転免許証全てが無事に届きませんでした。アメリカの郵便システムは(というか人が)いい加減なのに、個人情報の詰まったこれらの重要書類をなぜ郵送しようとするのか理解に苦しむのですが、とにかく何度もオフィスに出向いてクレームをつけて、やっと事が進むと言った感じでした。渡米直後で、英語もおぼつかないし、対応してくれる人も全然親切じゃないし(あからさまにハァ??って顔をされて、そして実際にハァ??と言われると凹みます)、研究は進まないしでかなりしんどかった覚えがあります。これらの事務手続きを終えて、やっと車購入までこぎ着け、これでやっとアメリカでの暮らしも軌道に乗ったなぁと思った一ヶ月後には、道に駐車していた車が「ものすごく激しい当て逃げ」にあって見るも無残な金属片になっていました(泣)。文字にすると数行ですが(他にも書ききれない事が色々あるけども!)、当時は本当に大変でした。まぁ、今ではもう笑い話です(成長しました)。
 色々大変な事を書いてしまいましたが、ボルチモアは都会過ぎず、田舎過ぎず、適度にアメリカ生活を楽しむのにはもってこいの都市です。ボルチモア港はウォーターフロント開発が古くから進み、日本で言う横浜や、神戸のような観光スポットとなっています。大型ショッピングセンターやボルチモア国立水族館、海洋博物館などがあり、週末には多くの人で賑わいます。首都のワシントンD.C.まで高速道路(無料)を使って1時間で行けるので、週末にスミソニアン博物館やリンカーンの像を拝みに行く事が出来ますし、ニューヨークにも車でたったの4時間弱で行けるので(アメリカ的には近所です)、気軽に都会気分を味わいに行く事も出来る最高のロケーションです。ボルチモアの気候は日本と似ていて、はっきりとした四季があり季節の移り変わりを楽しむ事が出来ます。夏は気温こそ上がりますが、湿度が低くからっとしていて日本より断然過ごしやすいですし、冬も何度か雪が降りますが生活に支障が出るほどではないです(去年は歴史的な大雪で大変でしたが)。さらにボルチモアにはオリオールズと言うあまり強くない野球チームがあるのですが、2009年から上原浩治がチームに参加しています。オリオールズはイチローがいるマリナーズ、松坂大輔、岡島秀樹がいるレッドソックス、松井秀喜のいるエンゼルスと同じアメリカンリーグに所属しているため、日本人の活躍を地元で観戦する事が可能です。素晴らしい事にボルチモアには夜遅くまで営業している日本人好みの店がごく限られているため、試合後とある韓国料理店に行くと高確率で日本人大リーガーに生で出会えると言う素晴らしい特典があります。私はその店で松坂大輔にサインをもらいました(自慢)!私のボスは松坂だけでなく、イチローにも出会いサインをもらっています!こんなこと、ニューヨークや、ボストンではまずないのではないでしょうか。どうですか、皆さん急にボルチモアに住みたくなったでしょう。

Sesakiラボの紹介
私が所属しているSesaki ラボは、出来たばかりのフレッシュなラボで、日本人PIの瀬崎博美さんによって運営されています。私は記念すべき最初のポスドクとして2007年の4月からSesakiラボに参加しました。いわゆる一般的な海外留学の場合、その分野で成功しているビッグラボに行くのが一般的かもしれません。もちろんその方が研究をするためのノウハウや材料が揃っていたり、レベルの高い仲間に恵まれたり、テクニシャンが培地やプラスミドを作ってくれたり、そもそも何となく箔がついたりと、なんだか素晴らしい事ばかりのような気がして来てしまいましたが、私はフレッシュなSesakiラボの環境がとても気に入っています。最近は研究材料を比較的容易に他のラボからや、コマーシャルに手に入れる事が出来ますし、昔程大きなラボとの研究上のハンデが生じる事は少ないのではないでしょうか。ビッグラボのすでに整った環境で研究を進めるのも素敵ですが、自分達で研究環境を作って行く過程に参加できたのは非常に勉強になりました。鶏口牛後と言う言葉もありますし、大きなラボで埋もれるよりは、小さなラボで、そのラボの中心となって仕事をするのも有意義であると思います。
 ボスの瀬崎さんは独立を機に研究に用いるモデル生物を出芽酵母からマウスにシフトしたばかりです。それにも関わらず的確にラボをオーガナイズして精力的に研究を進めており、頼りがいのあるナイスガイです(私生活の事からたくさんお世話になっています)。ラボのメンバーは少ないながらプロダクティビティーも非常に高いと思います。瀬崎さんのように若くて優秀な研究者が思いっきりサイエンス出来るアメリカの環境が素晴らしければ素晴らしい程、日本に落ちる影が濃く感じてしまうのは私だけでしょうか。
 Sesakiラボのメンバーは現在、私を含めたポスドク2人と、1ヶ月前に参加したテクニシャン1人だけですが、実際は瀬崎さんの奥様である飯島美帆さんの研究室(ポスドク2人)とラボのスペースと消耗品をシェアしており、ラボミーティングも合同で行っています。飯島さんは細胞性粘菌を使ってイノシトールリン脂質を介したシグナル伝達や、細胞の走化性の研究をしています。瀬崎ラボのミトコンドリアの形態に関する研究とはかけ離れていますが、全く違った分野の仕事を近くで見る事が出来て楽しいです。ポスドクが私以外中国人と台湾人で、最近参加したテクニシャンも日本人と、ここは本当にアメリカなのか?と思う程、研究室内はアジアです。英語のリスニング能力の向上のためにはよろしくない環境ですが(同僚の喋る英語はわかるがネイティブの早い喋りは未だについて行けない事が多々ある)、まぁそこは他でカバーするとして、研究室の仲間達と日々楽しく研究しております。

研究について
私の最近の研究について紹介させて下さい。瀬崎ラボでは現在、マウスを使ってミトコンドリア形態制御の生理的役割を研究しているグループと、出芽酵母を使ってミトコンドリアの形態制御機構をリン脂質代謝の観点から研究しているグループ(メンバー私だけですけど)の2つがあります。私が現在解析を進める出芽酵母ミトコンドリア膜間部に存在するタンパク質Ups1は、ミトコンドリアの膜融合に必須のMgm1のプロセシングに関与する因子として瀬崎さんらによって同定されました(Sesaki et al., JCB, 2006)。Ups1には出芽酵母内に2つのホモログタンパク質Ups2、Ups3(我々が命名)が存在しますが、これらの因子の機能は全く未知でした。私はまずUps1とUps2が互いに拮抗してミトコンドリア内で合成されるリン脂質、カルジオリピンの量の調節を行う事を明らかにしました。さらにUps2がミトコンドリア内のフォスファチジルエタノール(PE)の維持に重要である事を明らかにしました(Tamura et al., JCB, 2009)。具体的には、Ups1が欠損したミトコンドリアではカルジオリピンが顕著に減少するのに対し、Ups1/Ups2の二重欠損株ではカルジオリピンの量が野生型と同程度に回復します。さらにUps1、Ups3の有無とは独立に、Ups2が欠損した場合ミトコンドリア内のPE量が約半分に減少します。さらに私は3つのUpsタンパク質と化学架橋されるタンパク質としてMdm35を同定しました。Mdm35はミトコンドリア膜間部領域においてUpsタンパク質のミトコンドリアへの取り込みを促進するのと同時に、Upsタンパク質の安定な相互作用相手として機能発現にも重要である事がわかりました(Tamura et al., EMBO J., 2010)。Upsタンパク質がどのようにリン脂質の生合成に関与するかついては今後の課題ですが、現在進行中の研究によりその答えにつながるヒントが次々得られていますので、なるべく早く論文として発表したいと思っています。近年、本領域の研究者の皆様には馴染みの深いPeter Walterのグループによってミトコンドリア小胞体間のリン脂質輸送に関与する因子の報告があったり(Kormmann et al., Science, 2009)、Thomas Langerのグループによって、ミトコンドリアリン脂質代謝に関与する多くの遺伝子の同定がされたりと(Osman et al., JCB, 2009)、ミトコンドリアを介したリン脂質合成や輸送機構に注目が集まっています。まだまだ謎の多い分野であり、具体的にどのような仕組みでオルガネラ間、またはミトコンドリア外膜、内膜間で脂質の交換を行っているのか?出芽酵母を発酵培地から非発酵培地にシフトした時に急激に増加するミトコンドリアの膜はどこから供給されるのか?など、興味深い問題が山積みです。海外の(って今は自分も海外にいますが)強力なグループに負けないように、これからも引き続き未解決の問題に挑戦して行きたいと思っています。

ポスドク募集中
「これじゃ何見ているかわからないよー!!」とは我が師、遠藤斗志也先生のお言葉ですが(適切なコントロールが無いと言う意味)、日本に住んでいるばかりではなかなか人生のコントロールが取りづらいかもしれません。自分の人生をじっくり見つめ直す意味でも、今これを読んでいる海外留学したいと考えているあなた!瀬崎ラボは今ポスドクを募集中です。やる気と元気と体力さえあればきっと歓迎されます。と思いますので(無責任)、興味がある方は、瀬崎さんか私にメールください。


田村 康(たむら やすし)
略歴:2007年、名古屋大学理学研究科博士後期課程修了、博士(理学)。2007年4月よりジョンズホプキンス大学細胞生物学科ポストドクトラルフェロー(上原記念生命科学財団)
現在の研究テーマ:ミトコンドリアを介したリン脂質の生合成機構の解明
現在の抱負:心身ともに健康に研究に邁進する
メールアドレス:ytamura1@jhmi.edu
ホームページ:http://esgweb1.nts.jhu.edu/cellbio/dept/SesakiProfile.html

Fig.1 ジョンズホプキンス大学のメディカルキャンパスで一番古い建物。ホプキンスの大学病院は20年間連続でアメリカNo.1ホスピタルに選ばれている。
Fig.2 自宅アパートから眺め。一本道の一番向こう側に見える建物群がジョンズホプキンス大学のメディカルキャンパス。
Fig.3 キャンパスのまわりの土地(元スラム街)を買収してキャンパスを広げる計画であったが、不況による資金不足で現在土地は売りに出されている。また、新しい建物を建てては見たが(写真左)、これまた資金不足により実は2,3階が空である。
Fig.4 ボルチモアのワシントンモニュメント。ワシントンD.C.にあるワシントンモニュメントより実は古い。
Fig.5 筆者が毎日昼ご飯を買いに行くマーケット内の風景。アメリカに来た当初はここ入るのが怖かった。
Fig.6 ラボ未テーィングの風景。左にいるのが瀬崎さんと、飯島さん。右側がポスドクのチュンリン君です。
Fig.7 ニューヨーカーにタンパク好きをアピールしてきました(タイムズスクウェアにて)。3ドルで買ったTシャツに、近くのスタバでペイントして写真を撮りました。

(2010-10-01)

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