一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.5 「How’s it going ?」

伴 匡人 (日本学術振興会海外特別研究員・カリフォルニア工科大学 David Chan研究室(現久留米大学 分子生命科学研究所 高分子化学研究部門))

・特定領域研究「タンパク質の社会」ニュースレターから転載(2009-09-30掲載)

「カリフォルニアの青い空」
Albert Hammondのヒット曲「カリフォルニアの青い空」という歌をご存知ですか?1970年代の名曲で、爽やかなメロディーが、聴く人を「カリフォルニアは最高さ!」という気分にしてくれます。60年代から80年代の歌を愛する私には、欠かせない曲の1つですが、少し前までこの歌を聴くたびに憂鬱になったものです。何故ならばこの歌、爽やかなメロディーとは裏腹に、歌詞には、「夢を抱いてカリフォルニアに行ったけど、仕事も金も無いし、駄目になりそうだ。でも家族にはもう少しで成功するって伝えておくれ・・・・」って感じのことが書いてあり、サビの部分は、「南カリフォルニアは雨が降らないって聞いたけど、そんなの嘘さ!土砂降りの雨が降るんだよ?」と歌われているからです。研究が進まない私には、「新しい研究分野で一旗揚げようとカリフォルニアに来たけれど・・・、研究室の外はいつも青空なのに、僕は失敗ばかりで涙の雨が土砂降りさ」と聴こえてきました。2年半を過ごしている内に、そんな涙も小雨になってきたので、私の研究生活を紹介したいと思います。

「Caltech」
カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)は、その名の通り、科学と工学研究を主とした全米有数の大学で、Caltechの名称で知られています。30、40分ほど歩ければ一周できるほどの小さなキャンパスですが、綺麗に整備されおり、いつも青い空も相まって、庭園の中にいるような気分になります。小さな敷地に比例して、所属している人も少なく、300人ほどの教員、学部生800人・大学院生1200人、ポスドク1000人となっています。数字から分かるように、教員に比べると、学生がとても少なく、まさに少数精鋭といった感じです。ただ学生数が少ない上に、勉強で忙しいらしく、カレッジスポーツはほとんど盛り上がりません。話題になることが無いCaltechのスポーツチームですが、かつて全米中から注目されたことがありました。何と!バスケットボールチームは、1985年から2006年の21年間負け続け、243連敗という不滅の記録を生み出したそうです。購買部に行くと、その事を称えた(?)ドキュメンタリー映画のDVDや、Tシャツを買うことができます。また少し前までは、「We haven't been defeated in football since 1993」と書いたT-シャツも売っていたそうです。勿論、フットボールチームが強い訳ではなく、1993年からフットボールチームが存在していないだけです。スポーツは盛り上がりませんが、学風を現したような「prank」と呼ばれるイタズラは盛んで、有名なものにHollywoodサインに「CALTECH」と掲げたイタズラがあります。またライバル関係にあるマサチューセッツ工科大学(MIT)と壮絶な(?)イタズラ合戦も盛んで、胸には「MIT」背中には「Because not everybody can go to Caltech」と書かれたTシャツが大人気です。このマニアックな学風と庭園のような美しいキャンパスのギャップが私は大好きです。

「David Chan研究室」
ボスのDavidは、MITのPeter Kim研究室で、エイズウイルスのエンベロープ蛋白質gp41の研究から膜融合研究を始めました。Caltechで独立後、ミトコンドリア膜融合の研究を始め、「ミトコンドリアのダイナミックな形態変化が、どうように細胞機能に寄与するか?」の解明を目指しています。Chan研究室は、David Chan夫妻を筆頭にポスドク7人と学生3人、テクニシャン2人で構成されています。2006年に私が参加したころは、Davidはまだテニュアトラック中で小さな研究室でしたが、年々と規模が大きくなっています。研究はポスドクを中心に行われおり、各々の研究バックグランドを活かし、モデルマウスからX線結晶構造解析に至るまで、様々な観点から研究に取り組んでいます。大学院生の多くは、先行きが不透明なポスドクを選ぶよりも、安定した企業に就職することを望んでいるようです。そのためか、ポスドクの多くは外国人が占めています。
Chan研究室の大きな特徴は、Davidとメンバーとのやり取りが、非常に濃密ということです。3日に一回ほど、前触れも無く突然、Davidから「How’s it going ?」と尋ねられ、その場でディスカッションがスタートします。この突然のDavidの来訪を研究室のメンバーは非常に恐れていて、次は誰がターゲットになるのか、いつDavidとディスカッションしたかという情報を共有し、突然の「How’s it going ?」に備えています。よく外国語の習得具合は、その言語の夢を見れば、もうかなり上達したと言われます。私も夢の中で、Davidから「How’s it going ?」という尋ねられる夢を見ましたが、私の英語能力を考えると、単なるトラウマかもしれません。彼の「How’s it going ?」は、研究室に配属される前の大学院生達の中でも有名なようで、さらに「Chanラボでは、2,3時間に一回、進捗状況を聞かれるらしい」と大きく誇張されています。この部分だけを読むと、何だか恐そうな研究室に見えますが、ボスが各個人の研究に興味を持ち、進行状況を把握し、且つ的確な情報交換ができるディスカッションを多く持てることは、とても幸せなことだと思います。ただ実際の私は、英語でのコミュニケーションにかなり問題があり、しばしばDavidと意思の疎通を図るのが難しく、お互いにストレスを感じることがあります。ストレスを感じるのが嫌で、コミュニケーションを図らずに、一人でドンドン実験を進めると、実験ノートは一杯になり、一見すごく進んだように見えますが、無駄が多かったり、Davidが望む方向性と違ったりと意味の無いことが多いので、ディスカッションの度に、「もっとお互いに話す機会を持とう!」と諭されます。この時は、普段は滅多に笑顔見せないDavidが少しだけ優しそうに見えてホッとします。
Chan研究室では、隔週ごとに全員が発表するデータミーティングと雑誌会が設けられています。勿論、ミーティングは「How’s it going ?」から始まります。Davidは、「何故自分の研究が重要か、何処が面白いかを発表し、議論することでより深めることができる」という考えを持っているので、積極的な議論への参加が促されます。研究室のメンバーは、私の下手な英語でも何を言いたいのか、理解しようと努力してくれるので、とても助かっています。様々な研究バックグラウンドを持つメンバーが集まっているので、自分では考えつかないアイデアを貰うことが多く、有意義な時間を過ごすことができます。最近、その研究が必要となったバックグラウンド、現在の進捗状況、次の展望をまとめた経過報告会が始まりました。ただ半年前に私が発表してから、誰も発表しないので、Davidが私にもっと話すように機会を設けたのではないかと思っています。

「Pasadenaでの日常生活」
CaltechのあるPasadena市は、ロサンゼルス中心部の北東に位置します。Pasadenaは、毎年1月1日に行われるローズパレードと、大学アメリカンフットボールチャンピオンを決めるローズボールの開催地として知られています。気候は夏が暑すぎることを除けば、冬でも比較的暖かですし、何より雨がほとんど降らないので、とても快適です。Pasadena南部は、昔から高級住宅地としても有名で、古くは「パサデナのおばあちゃん」で歌われ、最近でも小説や映画にもしばしば登場します。Pasadena市街地は、古い建物を利用したレストランやショッピングモールがあり、休日になると多くの人で深夜まで賑わいます。Caltechから歩いていける範囲にもスーパーマーケットやファーストフード店がたくさんあるので、車が無くても食事に困ることはありません。Caltech周辺の治安はよく、夜10時ごろでもジョギングや散歩している人もいます。今までに危険を感じたことはありませんが、時々Caltech構内にも拳銃強盗が現われるので、油断はできません。時にはCaltechの空調業者が、メンテナンス最終日に泥棒に変身し、コンピュータやデジタルカメラなど金目の物を一切合財盗んでメキシコに逃亡したなんてことも起こります。
ロサンゼルス近郊には、大きな日系人社会が存在するので、日本人がとても住みやすい環境にあります。食事や生活雑貨、書籍に至るまで、ほぼ日本と同じ物を手に入れることが可能です。健康志向が強いらしいロサンゼルス(街行く人を見るとあまり信じられませんが・・・・)では、日本料理、特に寿司は大人気で、Pasadenaの至るところにも寿司屋があり、スーパーは勿論、Caltechの食堂でも寿司を買うことが出来ます。ただ値段は高いわりに、味もサービスもいまいちで、寿司屋に行くと損した気がするので、ほとんど行ったことがありません。
2009年6月からデジタル放送が始まり、デジタル化に伴うチャンネル数の増加で、無料で日本語放送が毎日視聴することができるようになりました。とても生活しやすいのは確かですが、日本の物ばかりに囲まれていると、積極的に英語を使わなくなるので、いつまで経っても英語が上達しません。
 青い空の下で気分転換するのも、日系スーパーで「山頭火」ラーメンを食べるにしろ、お金が無ければ不可能なことです。ここで、こちらでの給与について触れたいと思います。多くのボスは、アメリカ国立衛生研究所(NIH)基準に基づき支払額を決定します。この額は、一人ならまだしも、家族で生活をしようとすると、特に家賃の高いパサデナでは確実に赤字になります。具体的な話をすると、私は補欠にて海外学振に採用されたので、一時はDavidから給与を貰うことを考えていました。その時、Davidは、「NIH基準に基づき、年間39000ドル支払うよ」と約束してくれました。単純に39000ドルあれば、夫婦2人で贅沢しなければ、暮らせるかな?と思っていたのですが、よくよく考えると、25%程度の税金・年金を源泉徴収されるので、手元には月々2400ドル程度しか残りません。2400ドルから、医療保険と家賃、さらに、日本での国民年金を引くと、月々900ドル以下で暮らすことになります。日本人は最初の2年間免税対象になるのですが、先に源泉徴収されてしまうと、後々返金されるとしても、月々の生活に困るようになります。今は幸い、Davidの世話にならずに暮らしていますが、将来のことを考えると、何時までものんびりとカリフォルニア生活を楽しむ訳にはいきません。

「ミトコンドリアの研究に至るまで」
ミトコンドリアとの出会いは、実は渡米から遡ること3年前の沖縄で開かれた「蛋白質の一生」班会議でした。当時、大阪大学 後藤祐児先生の研究室に所属していた私は、ミトコンドリア膜融合からは遠く離れたアミロイド線維の直接伸長観察を行っていました。会議中、九州大学 三原勝芳先生の研究室の学生さん達が配っていた「ミトコン大好き」と書かれた名刺が、大フィーバーとなり、激しい争奪戦が繰り広げられました。残念ながら、私は貰い損ねたのですが、その時、強く「ミトコン」という言葉が頭に刻まれました。その後、産業技術総合研究所 森垣憲一主任研究員の研究室で、人工脂質膜を使った研究を始めましたが、この時もまだミトコンドリアの研究をするとは、全く思いもしませんでした。ミトコンドリア研究を始めたきっかけは、私の英語がとても下手なお陰です。後藤研OBで、産業技術総合研究所 萩原義久主任研究員に「学会でアメリカに行く予定があるなら、いろんな研究室を訪問して見聞を広めた方がいいよ」とDavidを紹介していただきました(萩原さんは、MIT のPeter Kim研究室でDavidの同僚でした)。いざDavidと会い、話を始めましたが、彼が何を言っているのか、さっぱり理解できませんでした(恐らく彼も、私が何を言いたいのか、さっぱり理解できずに困ったと思います)。本当は、「アメリカで研究をしたいと思い、自分にあった研究室を探すために、研究室訪問をしている」と言いたかったのですが、「ポスドクをしたい」と言うのがやっとでした。Davidにしてみたら、研究の話を聞きにきた人間がいきなり、「ポスドクをしたい!」と言い出したので、怪訝に思ったでしょうが、私が人工脂質膜を使えることから、彼は興味を持ってくれたようで、「もし良かったら、ミトコンドリアの膜融合研究をしてみない?」という流れになり、これが私のアメリカ行きの決定打となりました。
私の研究内容を大々的に宣伝したいところですが、まだ論文発表(もうすぐ!)をしていないので、少しだけ紹介します。ミトコンドリア内膜融合に関連したGTP結合蛋白質OPA1を使い、ミトコンドリア内膜融合機構の解明を目指しています。OPA1は、ダイナミンファミリーに属することから、脂質膜上で会合体を形成し、GTPase活性を得ると考えられていますが、その分子機構についてはまだ明らかにされていません。そこで、リコンビナントOPA1とリポソームを使い、脂質膜存在下での会合状態及びGTPase活性について、詳細に調べることにしました。これまでに、マイナス電荷を含むリポソームが、OPA1の会合体形成及びGTPase活性の獲得を促進することを明らかにしました。特にミトコンドリア内膜に局在する脂質カルジオリピンが、GTPase活性を強く促進したことから、生体内に於いては、カルジオリピンとの結合が、OPA1の機能調整に不可欠であることが示唆されました。これだけでは、まだ膜融合に至るまでの分子機構は解明できないので、現在、蛍光顕微鏡を用いて、OPA1が脂質膜に与える形態変化を観察しています。

「おわりに」
何だかいい加減な理由でミトコンドリアの研究を始めた訳ですが、今ではこれは運命的な出会いだったと思い、日々研究に勤しんでいます。これまで涙の雨が随分と流れましたが、目の前に青空が広がるのは、そう遠くない気がします。Davidは、去年からHoward Hughes Medical Instituteの研究員となり、ポスドクを随時応募しています。研究室の規模が大きくなると、「How’s it going ?」の機会も少なくなるので、今がとても良い時期だと思います。ミトコンドリア膜融合研究に取り組みたい方、そして「How’s it going ?」を体験されたい方は、Davidか、私にご連絡下さい。

Fig1.Caltechの建物の中で、筆者一押しのBeckman Institute。噴水はDNA二重らせん構造をモチーフにしています。中庭には、桜の木があり、春の訪れを感じることができます(ただし一足早く3月に咲きます)。

Fig2.David Chan研究室のあるThe Broad Center。泥棒に好都合な構造になっているのは秘密です。

Fig3.学生寮の前にある大砲。MITとのイタズラ合戦の末、アメリカ大陸を横断して、ボストンまで運ばれていったそうです。2回も!!

Fig4.我らが、David Chan。いつも奥さんのHsiuchenとラブラブです。

Fig5.恐怖(?)の「How’s it going ?」の様子。時々、毎日聞かれることがあるので、困る時があります。

Fig6.毎年1月1日に行われるローズパレードの様子。100年以上の歴史を誇る、正月の一大イベントです。巨大なアシモは、2009年のホンダのフロート。フロートの模様は、表面に貼り付けられた花や種子などの植物で彩られています。

Fig7.渡米後、すっかり丸くなった筆者。運動不足解消のために、ローズボールの周りを歩いています。大学フットボールの聖地ですが、勿論Caltechには全く縁がありません。ただここでも、「Great Rose Bowl Hoax」と呼ばれる全米を驚かせた「prank」が行われました。

伴 匡人(ばん ただと)
略歴:2005年 大阪大学理学研究科高分子科学専攻博士後期課程終了、博士(理学)
大阪大学蛋白質研究所、産業技術総合研究所を経て、2006年11月から2010年2月までカリフォルニア工科大学に所属。現在、久留米大学 分子生命科学研究所 高分子化学研究部門にて、石原直忠教授と共に、ミトコンドリア膜融合・分裂の分子機構解明に向けて研究中。一緒にミトコンドリア研究を行う大学院生を募集しています。
メールアドレス:ban_tadato@kurume-u.ac.jp
David Chan研究室:http://www.its.caltech.edu/~chanlab/
石原直忠研究室:http://mitochondria.jp/

(2009-09-30)

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