一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.4 留学記「エキサイティング田舎町・カレッジステーション」

佐藤 健大  (Art Johnson研究室、Texas A&M University Health Science Center)

・特定領域研究「タンパク質の社会」ニュースレターから転載(2009-03-18掲載)

本稿は、カレッジステーションより佐藤健大がお送りします。と、書き出してみたものの、ここは文化的・歴史的な雰囲気が乏しく「何もない」で有名なテキサス州の田舎町、一体何をご紹介すれば良いのやら…としばし頭を抱えました。しかし今回、原稿依頼をいただいて改めて振り返ってみると、ここにはテキサスが誇るTexas A&M Universityがあり、町並みも整然として清潔、犯罪率も低く安全で良いところだということを再認識した次第です。私は現在、Art Johnson研究室にてポスドクをしておりますが、素晴らしい大学以外には「何もない」という恵まれた研究環境と私の研究内容を、ご紹介したいと思います。
まずテキサスと聞いて、皆さんはどのようなイメージを持たれますか?カウボーイ、西部劇、テンガロンハット、銃の所持数が多いなど色々あると思いますが、暑くて広くて何でもビッグサイズで規格外、というのが基本。サンフランシスコなどの空港で、一際縦にも横にも大きな人がたくさん並んでいるのを見たら、それは恐らくヒューストンかダラス行きのゲートに間違いありません。人柄も大らかでホスピタリティにあふれ、都会で見られるようなチップにしか興味がない粗野な店員はいません。みんな、明るくHowdy!!(How do ye? の訛り。南部の方言ですが、Texas A&M Universityのオフィシャルグリーティングでもあります)と挨拶してくれます。
州都はオースティンで、ここカレッジステーションからは車で西に2時間。東の大都市ヒューストンまでは2時間、北に向かえばダラスへ4時間、南西へ行くとサンアントニオまで3時間半、ちょうどこれらの大都市郡の間にカレッジステーションは位置しています。
街を走る車は大きなピックアップトラックがたくさん、学生までもがなぜかピックアップトラック。彼らに言わせると、何でも運べるのがいいそうです。エアコンも利かせすぎなので、夏は長袖を持ち歩き、冬はジャケットを着ても中はTシャツにしておかないと、屋内で大変な目にあいます。おかげで二酸化炭素排出量は全米1位。なんでもやりすぎだよ、テキサスって感じです。この州民性は広大な土地から生まれるのでしょうね。その広大さのおかげで生活費は非常に安くて済みます。2bedroomでインターネット・ケーブルテレビ代込み、しかもapartment complex内にプール、ジム、テニスコートやらビーチバレーコートがついて750ドル。おまけに、駐車場代なんて取られません。
何もないから学問に集中できるという素晴らしい環境…。大学街として発展してきたため、公立学校でも教育レベルが高く、犯罪もほとんどありません(交通事故が新聞のトップ記事になることもある)。夜中でもランニングしている学生が結構います。おかげで平和ボケしてしまって、たまに大都市へ出ると不穏な空気にびびります。しかし、やはり何もないので、多くの日本人家族が月に一度くらいはヒューストンかオースティンに買出しに出て、アメリカ風料理以外(この街では和食に中華、イタリアンまでもがアメリカ風にアレンジされてしまっている)のおいしいレストランに行くのを楽しみにしているようです。かく言う私も、月に一度くらいヒューストンに行きたくてたまらない病(と妻は言う)を発症してしまいます。

Texas A&M Universityは、テキサス農工大学と時々訳されるように、元はAgricultureとMechanicsの大学でした。大学の略称はTAMU、学生の愛称はAGGIE(アギーと発音します)。今は巨大総合大学になり、カレッジステーションにいる学部生の数は48,000人(public universityで第7位)、敷地は11,000エーカー。学内の移動は当然バスになります。あまり日本では有名ではありませんが、石油工学、農学、獣医学などが全米トップにランクされており、世界中から学生が集まります。パパ・ブッシュ元大統領寄贈の図書館があり、たまにSPをぞろぞろ連れて現れます。元CIA長官(現国防長官)のロバート・ゲーツが前学長だったのも、彼の人脈からでした。実は、炭素菌事件で使われた株はこの大学で単離されていたり、軍関係者をキャンパスでちらほらと見かけたりすることもあるので、自分の知らないところで何か物凄いことが色々と行われているのかもしれない、と思わせる大学です。
それから、街を上げての大学スポーツの応援が最大のエンターテイメント。趣味はAGGIE SPORTS!と言う人がいるくらいみんな大好き。老若男女、普段着でも大学ロゴの入った大学カラーである、えび茶色(早稲田大学と同じ色です)のTシャツを着て、常に愛校心をアピール。競技レベルはどれもトップ25に入り、レベルが高くて見ていて面白いのですが、おしゃれな街オースティンが本拠地のUniversity of Texas(UTと呼ぶ)には勝てないので腹が立つことこの上なし。お互い巨大な州立総合大学で、スポーツに力を入れておりライバル関係と聞いているのですが、どうもUT側はこちらをライバルと思ってないらしく、田舎モンがなんか言ってるぞー、くらいに思われているのかもしれません。まぁ、またそれがAGGIEらしくって、愛おしく感じたりします。

さて、そろそろ本題に移りましょう。私のボスDr. Arthur E. Johnson、もう67歳ですが、まだまだ元気です。2003年の横浜での生化学会後、名古屋まで一緒に移動したとき、ポスドクとして雇う約束をしてもらいました。しかし、実は渡米できたのはそれから3年後だったのですが、長い間待っていてくれました。本当に感謝しています。ここでヨイショしても意味はないのですが、本当に彼はナイスガイですよ。もう彼は学生もポスドクも取らないことにしているのでラボは年々小さくなっており、ミトコンドリア膜透過を研究していたNathanがUniversity of Connecticutでポストを得て、そしてリアルタイムのER retro-translocationの仕事をしたJuditがPh.D.を取って就職し、今はポスドク4名、テクニシャン2名、バイトの学生1名の小さなグループです。いつも忙しいDr. Johnsonに会える機会はなかなか少ないのですが、彼はディスカッションの機会を非常に楽しみにしており、いつも笑顔で快く部屋に招き入れて、テキサスのソウルドリンクであるDr.Pepper*を飲みながら、プロトコルやテクニックについて細かいポイントまで注意してくれます。ラボの人数は減っていますが、積極的に共同研究をたくさん行っており、今も学内の他のラボから2名の学生、3月からはスペイン・バレンシア大学からDr. Ismael Mingarroが半年間滞在しています。そして、すでにご存知の方もいらっしゃるようですが、Art Johnsonが会社を設立することになりました。会社名は、tRNA Probe。その名のとおり、様々な蛍光プローブ、光架橋プローブ付tRNAなどをamberやLys、Cysコドンで提供します。ER micosomeやWheat germ extract、SRPなども準備しており、加えてDr. Art Johnsonによるサポート補償付き。こんな商品、聞いたことが無い(笑)。彼曰く、これまで多くの人たちと共同研究をし、技術を提供してきたが、どうもそれらがうまく広まっていないように感じていた。そして自分自身も、いつまでscienceに関われるかわからないので、これまで構築した技術を埋もれさせないために会社の設立を思い立ったとのこと。優秀なテクニシャンYuanとYiweiが精製・手配をしてくれるので、完全にArt Johnson研グレード補償でご提供いたします。気になるお値段は、高収入を目指している訳ではないので主要メーカーの三分の一くらいになるとのことでかなり安くなるのは確実です。TAMUは州立大なので、会社設立には微妙な問題が多く存在するとのことで、現在、弁護士と相談を重ねており、やることが一杯なんだとDr. Johnsonは嬉しそうに語っていました。Dr. Johnsonはやる気満々です。この記事を皆さんが読まれている頃にはもうすでにサービス開始しているでしょうね。ご興味がありましたら、気兼ねなくDr. Johnsonでも私にでもメールをください。お待ちしています。

私以外の3名のポスドクは、それぞれドイツ・台湾・中国から来ており、みんなすでに3年以上在籍しています。仕事内容は、ERからのretro-translocation、Sec 複合体による膜貫通へリックスのER膜への挿入、リボソーム内での膜貫通へリックスのフォールディングと、別々のテーマを持っています。どの仕事もこの研究室らしいfundamentalですぐに論文にはできないような骨太の仕事です。Dr. Johnsonは、時間がかかるのは承知の上で、常にfundamentalでbasicなものにトライしたいと強調しています(detailは自分のやりたい仕事ではないとのこと)。今やっていることも、10年も前からproposalに書いてきたことなんだと言っていました。ライフオブプロテインズ第14号にあるように、彼の標識tRNAの仕事(1976年)が20年を経て多くの方に受け入れられるようになった経験が、時間をかけて丁寧に実験を重ねる信念の源なのかもしれません。Fundamental questionに果敢にトライすることもモチベーションのひとつで、基本的に何でも時間をかけたいのだが、時折competitiveになるようにしむけられると愚痴もちらり。仕向けるのはもちろん誰か皆さんご存知の人(笑)。我々、ポスドクという身分上、焦りが出るのですが、ボスの強い信念のおかげで抑制が効いて、丁寧な良い仕事ができるのではないかと考えています。都会の有名大学のように、大きなグラントを取ったり、ラボを大きくしたりしないのも、誰もが興味を持つ一般的な原則の解明に地道に取り組むためだと語っていました。彼の元で学ぶことができるのは本当に幸運です。3年も渡米を待ってもらえて本当にありがたく思っています。

最後に私自身と私の研究について、ご紹介します。正直に言うと、渡米してから2年が経ちましたが、まだまだ英語が上達しません。上記のようにラボのポスドクは非アメリカ人ばかりで、Native Englishと触れ合う機会がほとんどありません。地元出身の学生の英語はさっぱりわからない。どうもスラングが多いとのことなのですが、努力が足りないと執筆しながら猛省中。ナイスガイなラボのメンバーに助けられて、つたない英語だけどもトラブルなく楽しく研究生活を満喫しています。
我ながら、出会いの運があるなぁと実感しています。私は修士まで広島大学月向邦彦先生と片柳克夫先生の下で水溶液中での蛋白質のゆらぎを学び、生体内では結晶構造と異なる構造が存在するということに興味が移りました。博士課程から名古屋大学で遠藤斗志也先生の指導を受け、紆余曲折ありましたがミトコンドリア膜透過における蛋白質アンフォールディングという私にとって願ってもないエキサイティングな研究を行うことができました。蛋白質の局所構造安定性と膜透過速度の相関を示したこの成果は、ミトコンドリアではなく蛋白質フォールディングの分野でたびたび引用され、生体内の蛋白質の挙動を物理の分野につなげたいと思っていた自分の目標を少しでも達成できたんだなと実感することができました。その後、蛋白質構造変化の研究をさらに発展させたいと思い、FRETや蛍光実験のエキスパートArt Johnson研をポスドク先として選びました。3年越しで渡米し、蛋白質の構造変化を純粋に研究したいとの意志を伝えたら、即、Cytolysinの膜孔形成機構のプロジェクトに決定しました。「タンパク質の社会」とは分野が異なりますが、せっかくの機会なので是非紹介させてください。
私が扱うPerfringolysin O(PFO)は、Clostridium Perfringensから分泌されて細胞を破壊し、ガス壊疽を発症させる因子の一つです。PFOは、cholesterol-dependent-cytolysin(CDC)ファミリーに属しており、コレステロールを含む膜に結合して35?50分子ほど集まった巨大リング状オリゴマー(pore complex)を形成し、膜に直径300Åの孔をあけます。このとき、PFOは非常に興味深い構造変化を示します。PFO分子中央に位置するドメイン3の一部がモノマー状態ではへリックスバンドルを形成していたのに対し、最終形態のpore complexではこのへリックスバンドルがベータストランドへ変換されて巨大ベータバレル孔を形成するのです。そこで私は、孔を開ける機構やベータバレル構造の形成機構を解明するために、まず何時ベータバレルが形成するのかを調べました。手法としては、pore complex中で隣接する分子のベータストランド4(β4)と接するベータストランド1(β1)へ一つのシステインを導入した変異体と、隣接する分子のβ1に接するβ4へ一つのシステインを導入した変異体を準備します。これらβ1変異体とβ4変異体の二種類を混ぜ合わせ、pore complexでへリックスバンドルからベータバレルへ変換したとき、もしこれらのシステインが向かい合うのだとすると、それらはS-S結合を形成したダイマーを電気泳動で検出することができます。様々な変異位置の組み合わせでダイマー形成を調べた結果、ストランド先端の残基以外は一つずつ重複なくβ1とβ4の対面する残基ペアを同定することができました。これは、一つの孔で200本近くのストランドが一度に膜へ挿入されるのにも関わらず、隣の分子との間で膜貫通ベータストランドが正確に整列されていることを意味しています。また、隣の分子とベータストランド先端の位置が2残基ずれていることもわかりました。巨大なホモオリゴマー中で各分子が2残基ずつずれながら整列するためには、pore complexは膜貫通ベータストランドを膜に対して斜めに挿入させて、先端を膜に対して平行な状態にとらなければなりません。実は、同じCDCファミリーに属するpneumolysinのpore complex構造をSaibilらのグループがcryoEMの分子モデルリングによってすでに発表(2005年Cell誌)しています。彼らのpore complex構造はストランドがねじれず真っ直ぐに膜に挿入しています。その場合、ベータバレル内の側鎖同士が接近して衝突を引き起こすために不安定であることが1990年代に指摘されていましたが、今回の我々の結果も彼女らの誤りを指摘することになりました(Dr. Johnsonのグループが彼女らのcryoEM構造の間違いを指摘するのは、1999年のCellの論文に続きこれで2回目になる)。次に、オリゴマー形成をしているが孔を形成しない状態(prepore complex)において、pore complexで見られたダイマー形成のパターンが見られるのか調べましたが全く一致しませんでした。この結果は、prepore complexではベータバレルが形成してないことを示しますが、へリックスバンドル中のターンに存在する残基同士でS-Sダイマーが多く見られたことより、モノマーからprepore complexへ会合した時にへリックスバンドルが分子内側から表面に移動して、隣分子のへリックスバンドルとターンの部位同士で頻繁に接触する可能性が示されました。ターン部位ほどの効率ではないが、ベータストランドの先端になる残基も多少ながら隣分子とS-Sダイマーを形成しました。これらより、prepore complex状態ではへリックスバンドルが表面にでてきた状態と、それが少しほどけた状態との平衡状態にあるのではないかと考えています。いつベータバレルが形成するのか、どのように膜へ突き刺さるのかという大きな疑問にはまだ答えられていませんが、Art Johnsonの信念どおり「少しずつ丁寧に」次のステップへ進んでいると実感しています。
「I’ m vertical!」 (まだまだ現役!元気だよ!) が口癖のDr. Art Johnson。彼に「Horizontalだね」(つまんない、寝るよ)なんて言わせないように、これからも彼を刺激するデータを出さなければと、エキサイティングな日々を送っています。大学以外には何もない、という素晴らしい研究環境で、彼の最後の弟子の一人として有意義な時間をカレッジステーションで過ごせることに、感謝しています。


注釈
*Dr. Pepper ダラス近郊プラノで作られている炭酸飲料。お世辞でも美味しいとはいえないと思うし、薬臭い。チェリー味というとんでもないものまである。しかし、Texanのソウルドリンク。

佐藤 健大(さとう たけひろ)
略歴2000年広島大学理学研究科月向研究室博士課程前期修了
2006年研究科遠藤研究室博士課程後期修了博士(理学)、COE研究員.
現在、Texas A&M University Health Science Center, Research Associate.
研究テーマ:Bacterial Toxinのベータバレル型膜孔形成機構
現在の抱負:Art Johnson研で技術と信念を学び、生体内の蛋白質の様々な構造変化を解明する
tsato@medicine.tamhsc.edu

写真1
カレッジステーション南から見たTexas A&M University。何もないけれど、街の大半がこのようにゆったり余裕を持って建物が建てられ、芝生が綺麗に整備された綺麗な街。

写真2
Reynolds Medical Building、ここの一階に研究室がある。放射性物質を使うためこの医学系の建物にあり、生化学や生物物理系研究室は別の建物にある。夏は、エアコンの冷気が1階に落ちてきてArt Johnson研究室は18℃以下の極寒の地となる。

写真3
いつもverticalなDr. Johnson。写真には写らなかったが、Dr. Pepperが常備してある。

写真4
2008年4月時のArt Johnson研究室のメンバー。こぢんまりといい感じです。

写真5
Dr. Johnsonの愛車、紅のコルベットとうちの愛娘。このコルベットに乗れば、女の子が振り向いてくれるらしい。

図6
PFOの膜孔形成モデル。私のプロジェクトでは最後のpore complexにおける膜貫通ベータストランドのアライメントを決定し、prepore complex状態ではD3がほどけて膜挿入への中間状態にあることを示した。

写真7
Dr. Johnsonではなくゼペットじいさんと私。Tシャツは無論、Texas A&M University。

(2009-03-18)

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