一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.18 スイス・ジュネーブ大学 Howard Riezman研究室

矢原 夏子 (Department of Biochemistry, Science II University of Geneva)

・特定領域研究「メンブレントラフィック」ニュースレターから転載

 メントラGの皆様、ご無沙汰しております。
 海を渡りスイス・ジュネーブで研究生活を送るようになって、早1年半近くが経とうとしています。今回は、現在私が所属するHoward Riezman研とジュネーブでの暮らしぶりを紹介させて頂きたいと思います。Howardは、常にそれまでの常識に縛られない斬新なモデルを提唱し、それがその分野においていつしか大きな流れとなるというエポックメイキング的な仕事をこれまでいくつもしてきています。そのようなオリジナリティー、クオリティーともに高い研究がどういう土壌から生まれるのか実際に見てみたいという思いもあって、このラボに参加することを希望しました。

ジュネーブの日常生活:
 ジュネーブは、レマン湖の西の端に位置し、スイスから突き出た形でぐるりとまわりをフランスに取り囲まれています。国際赤十字、国連ヨーロッパ本部など数々の国際機関が置かれる国際都市である一方、フランスの山々に囲まれ、レマン湖から続くローヌ川と、モンブラン山系からの雪解け水が注ぎ込むアルヴ川が合流する形で流れており、自然の豊かな場所でもあります(Fig. 1)。
 ジュネーブ自体は小さな街なので、歩こうと思えばほとんどの場所に歩いて行けますし、トラムやバスが網の目状に走っているため、車なしでも十分生活してゆけます。むしろ駐車場を探したりしなければならないので、街中のみの移動ならば車は少々不便かもしれません。ラボの人たちも大体近郊に住んでおり、徒歩または自転車などで通う人がほとんどです。ちなみにジュネーブの住宅難恐るべし、です。家探しの苦労話は書き出すとそれだけで紙面が埋まってしまいそうなので割愛させていただきますが、家を見つけるのに1~2ヶ月かかるのはごく普通のことのようです。治安はヨーロッパの中ではかなり良いほうだとは思いますが、最近は少しスリなども増えているようなので、気をつけてはいます。
 スイスの公用語としてはフランス語、ドイツ語、イタリア語、ロマンシュ語(ロマンシュ語は一部の州のみ)があり、ジュネーブはフランス語圏です。これまで一度もフランス語を習ったことがない筆者でしたが、1年半暮らしてみて言えるのは、フランス語が話せなくてもとりあえず生きてはいける、ということでしょうか…。しかしやはり話せると随分違うだろうなとは思います。ジュネーブに来て、フランス語を最も必要としたのは最初の数ヶ月でした。事務手続きで行った役所のおじさんに「ジュネーブで暮らすならフランス語をしゃべりなさい」と説教され、アパート探しの時には不動産屋さんでフランス語が話せないがゆえに冷たくあしらわれる、というような経験が幾度かありました。大学の事務関係の書類なども当然フランス語で書かれています。渡欧する直前にフランス語の音声付電子辞書を購入して持ってきましたが、今となっては欠かせない生活必需品となっています。

Riezman研での研究生活:
 ジュネーブ大学は、ジュネーブ市内のあちこちに点在しており、われわれのラボがあるSciences IIと呼ばれる研究棟はアルヴ川沿いにあります(Fig. 2)。Riezman研は、ジュネーブ大学のbiochemistry departmentに属しており、同じdepartment内にはJean Gruenbergのラボもあります。Riezman研では現在、1)GPIアンカータンパク質の輸送、2)スフィンゴ脂質の生合成経路、3)エンドサイトーシスという3つのテーマについて、出芽酵母を用いた研究を行っています。Biochemistry departmentというだけあって、かなり生化学バリバリのラボという印象があります。
 Riezman研は多国籍で、ポスドク・学生は現在フランス、ドイツ、カナダ、オーストラリア、ブラジル、インドの出身がそれぞれひとりずつ、日本出身が2人いるので、ポスドク・学生に限れば今のところ日本人が最大派閥です。さらにスイス人のテクニシャンが4人、フランス人のテクニシャンが1人います(Fig. 3)。Howardは、村上春樹を愛読し、日本に行くとお気に入りの味噌を大量に仕入れてきて、緑茶もきちんとお湯の温度を下げて淹れ、夏の暑い日にはざる蕎麦を好んで食し(もちろん山葵を添えて)、好きな観光地は高野山という、大の親日家でもあります。それもあってか、日本人ポスドクは船戸耕一さん(広島大学)、渡辺玲香さん(現在もRiezman研)、島田由紀子さん(現在バーゼル在住)に続き、私で4人目になります。ラボでは安室奈美恵のCDがかかり、隣のベンチでフランス人が実験しながら「パジャマジャ、マジャ♪」などと鼻歌で歌っているのを聞いていると、ここはどこだっけと思う…というのは言い過ぎにしても、「日本」が浸透しているラボであるなぁと思わせられます。研究室での使用言語は基本的に英語ですが、ほとんどの人がフランス語も話せる上、ネイティブ同士だとフランス語を話すことも多いため、フランス語の割合も高いです。また女性の比率が高く、現在ポスドク(5人)は全員女性、また年齢的な要因もあるのかもしれませんが、私以外のポスドクは全員妊婦という時期もありました。私がこのラボに来てから既に4人のポスドクが出産しています。
 研究に関しては、Howardは各自の自主性や発想を重んじ、かなり自由にやらせてくれます。しかしながら皆の実験の進行具合も何気なく良く見ていてくれており、迷える子羊をもうまく誘導し、立ち往生していると必ず的確な助言をしてくれます。Howardは目が行き届くほうが良いのでラボのサイズはあまり大きくならないようにしていると以前言っていました。Howard自身もバリバリ実験をされていて(Fig. 4)、立ち振る舞いもきびきびと若々しく非常に器用なので、すごいなぁといつも思っています。また、あちこちの学会やシンポジウムなどに頻繁に出かけていっては、有益な情報を得てきて我々に知らせてくれます。欧州全体の雰囲気として、互いにコミュニケーションを取って積極的に共同研究することが推奨されているようで、よって例えばラボを出て独立した後も共同研究という形で一緒に仕事を続けるといったこともしやすいそうです。
 ミーティングは、週1回2人担当のラボのミーティング(発表者が人数分のクロワッサンやパン・オ・ショコラなどを買ってきて、それを食べながらやります)に加えて、週1回1人担当のデパートメント全体のセミナー(質疑応答も含め1時間ほど。大体1年に1度担当がまわってきます)があります。さらにGPIアンカータンパク質の輸送に携わっている人たちだけで行う「GPIミーティング」(旧称ゴレンジャーミーティング)が2週間に1回程度あります。
 また1年に1週間ほどですが、学生実習のノルマがあります。2~3人で1テーマを担当し、実験内容の決定から指導、試験および成績の評価まで全て自分達でやらなければなりません。おまけに学生はかなりの割合で英語がわからないので、最初はどうなることかと思ったのですが、学生はなかなか熱心で(そうでないのもいましたが…)、自分自身も勉強になりましたし、楽しかったです。来年こそは少しはフランス語で説明ができるようになりたいものです…。

オフタイム:
 ラボ内では何かと理由をつけて夜や週末に集まってパーティーをしたりしています。スイスならではのホームパーティーというと、ラクレットパーティーでしょうか。ラクレットとは、ラクレットチーズという種類のチーズを火にかざし、溶けたところをこそげ取って茹でたじゃがいもにかけて食べるという、スイスの郷土料理です。スイスではラクレットマシンなるものが売っており、家庭でも手軽にラクレットを楽しめます(Fig. 5)。
 また、ジュネーブは空港が近くにあり、さらにフランス、ドイツ、イタリアなどの国とも地続きなので、他国へのアクセスが非常に優れていると思います。週末にパリやロンドンに遊びに行く等ということも可能です。またスイスといえば、思い浮かぶのはアルプスではないでしょうか。アイガー、メンヒ、ユングフラウなどの名山が連なるベルナー・オーバーラント(Fig. 6)、マッターホルンをはじめアルプスの4000m峰の大半が集中するヴァリス(Fig. 7)、それからフランス領ですがシャモニ・モン・ブラン(Fig. 8)。これらの雄大な山々の景観は言葉では言い尽くせません。
 スイスは連邦国家であり、カントン(州)の独自性、自治権が非常に強いということが特徴として挙げられると思います。カントンによって、言語、宗教なども異なり、それぞれ独自の州法が存在します。州ごとのお祭りも盛大に催され、ジュネーブ州で最大のものがエスカラードと呼ばれる12月に行われるお祭りです。その時期になるとあちこちでスープポットの形をしたチョコレートが見られるようになり(Fig. 9)、お祭り当日には旧市街は中世さながらの衣装を着たジュネーブっ子であふれかえります。ヴァン・ショーを飲みながら旧市街を歩いていると、まるで映画のセットの中にいるようでした(Fig. 10)。

おわりに:
 海外研究室便りということで、今回改めて「海外」で研究生活を送って得たものは何かということを考えてみました。日本の研究室の設備も向上しており、インターネットなども普及している昨今では、海外留学の意義というのもひと昔前とはずいぶん変わってきていると思います。それでもなお、日本とは異なるシステムやさまざまな国籍の人が集まる中で、言葉の壁、文化の違いなどを超えて、サイエンスという土俵に国境がないという当たり前のようなことを身をもって体感できるというのは、自分にとって非常に重要なことであった気がします。今しばらく、刺激ある日々を一歩一歩踏みしめて自分なりに消化しつつ、頑張っていきたいと思っています。


Fig. 1 旧市街からの眺め。目の前に広がるレマン湖と、街のシンボルともいえる噴水。

Fig. 2 われわれのラボがある研究棟。てっぺんにスイスの国旗がはためいているのが見えるでしょうか。目の前はアルヴ川。

Fig. 3 研究室の集合写真。
後列左から:
Kate Howell:オーストラリア出身、ポスドク。ロッククライミングが趣味の彼女にとってスイスはまさに天国のようです。明るく楽しくて、いつも笑わせてもらっています。
Rivier Anne-Sophie:スイス出身、テクニシャン。Reikaさん専属テクニシャン。9月から加わりました。
Guillaume Castillon:フランス出身、学生。日本語を勉強しており、読み書きの腕もかなりのもの。形態に強く、顕微鏡仕事をよくしています。一児の良きパパ。
Cleiton De Souza:ブラジル出身、学生。いつも元気いっぱい、陽気なブラジル人。こう見えて(?)動物のお医者さんでもあります。奥さんの作るポンデケージョは絶品!
Isabelle Tornare:スイス出身、テクニシャン。タンパク質精製のプロフェッショナル。ボスの片腕といっても過言ではないと思います。
Debdyuti Mukhopadhyay:インド出身、学生。一度、民族衣装を着て、ビンディをおでこに貼ってラボに来ていて、それがとても綺麗で印象に残っています。
前列左から:
Reika Watanabe:日本出身、ポスドク。Riezman研は6年目で、今やラボの中心的人物。Swiss National Science Foundationのグラントを見事獲得し、5月からindependent postdocとして「Protein sorting upon exit from ER in mammalian cells」というテーマで新たな仕事を始めました。
Marcy Taylor:カナダ出身、ポスドク。5月に第二子を出産したばかり。でももう復帰してばりばり働いています。子育てと仕事をしなやかに両立させている、というのはまさに彼女のことだなぁと思います。
Howard Riezman:うちのボスです。
Natsuko Yahara:筆者。
Tatjana Schwabe:ドイツ出身、ポスドク。実験やデータ管理も非常に丁寧でしっかりしており、すごくいい意味でドイツ人らしいという気がします。気配りも細やかでとても親切。
右列上から:
Gisèle Dewhurst-Maridor:スイス出身、テクニシャン。ラボの備品管理やRIの管理などにも常に目が行き届いていて、やはりボスの片腕のひとりです。
Brigitte Viaccoz:フランス出身、テクニシャン。培地作り、酵母のグリセロールストックの作成、管理などを担当しています。
Emilie Froidevaux:スイス出身、テクニシャン学校の学生。授業のプログラムの一環でテクニシャンの仕事をしています。

Fig. 4 メントラの冊子に載せたいので写真を撮らせてもらってもいいかと聞いたら、「自分が実験してるということを信じてもらえないのか?」といわれました。皆さん、本当ですよー!

Fig. 5 ラクレットマシン。この時は6人でラクレットチーズ1kg(!)とじゃがいも2kgがあっというまに皆の胃の中に消えました…。

Fig. 6 左からアイガー、メンヒ、ユングフラウ。右手前にあるのは山岳ホテルです。スイスの山岳ホテルはほんとうに素晴らしいの一言です。

Fig. 7 山岳ホテルの窓から眺める夕焼けの中のマッターホルン。しつこいですがスイスの山岳ホテルは素晴らしい。

Fig. 8 モンブランを眺められる展望台にあるカフェにて。完全に雲の上です。手前の人物のシルエットにぴんときたあなたはメントラ通!

Fig. 9 スープポットはジュネーブがサヴォワ軍の攻撃から身を守り独立を勝ち取った象徴。チョコレートで出来たポットの真ん中に描かれているのはジュネーブ州の旗です。ちなみにスイスでは一人あたり年間12kgのチョコレートが消費されるそうです。

Fig. 10 テクニシャンのイザベルは生粋のジュネーブっ子で、家族でエスカラードに参加していました。イザベルとイザベルの弟さん、息子さんと、ハワード。
(2014-12-03)

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