一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.16 合衆国メリーランド州、NIH編(NIH Juan Bonifacino研究室)

亀高 諭 (現 福島県立医科大学・解剖・組織学講座 講師)

・特定領域研究「メンブレントラフィック」ニュースレターから転載

メントラのみなさんこんにちは。亀高と申します。私はアメリカ合衆国首都ワシントンDCのお膝元、NIH(National Institutes of Health)で2003年の春からDr. Juan Bonifacino (アルゼンチン出身なので、スペイン語読みでホワン・ボニファシーノと発音します)の元でポストゴルジのタンパク質輸送の調節機構、特にAP-1, GGA等のアダプター分子の機能調節に関する研究をしています。この機会に私個人のNIH体験記を記させていただきたいと思います。

NIHとは?
NIHは合衆国の中でも有数の国立医科学系研究所で、メリーランド州の南端、首都DCから地下鉄で30分程の場所に位置し、近隣にはJohns Hopkins University(ボルチモア)やGeorge Town University等の大学や多くのバイオテクノロジー関連の会社、研究所があります。NIHは20を超える研究所の集合体とそれらを支援する各組織によって構成されていて、基礎科学から臨床医学までの生命科学研究を広くカバーする研究集団です。また、国内外の研究をサポートするNIHグラントの大元締めという意味でも有名です。地下鉄レッドラインを「メディカルセンター」駅で降り、目眩のする程長いエスカレーターに乗って深い地下から地上に出てくると、すぐ目の前がNIHです。昨今の対テロ対策で研究所の敷地は周囲を完全にフェンスで囲まれ、NIH発行のIDを持たない人はすべてチェックを受けてから所内に入ることになります。車で来る人も例外ではなく、一人でもIDを持たない人が乗っている車は別の検問所を通され、身分証のチェック、ハンドルの硝煙反応のスメアチェック、トランクのチェック等を経てようやく入構が許可されます。著者が渡米した3年前は外界とを隔てるフェンスもなく、地元の誰しもが芝生の上の散歩を楽しんだり、ジョギングやサッカーにいそしんだり出来たのですが、現在ではそれが信じられない位のものものしさです(先日5歳になる子供を連れて入構しようとしたら子供のIDを要求され、そんなものある訳ないだろう?と言ったのですが聞き入れられず、結局別棟に連れて行かれその場でIDを発行してもらうはめになりました)。

「NIH」といえばここ、NLM
毎日の様に皆さんがアクセスするPubMed, BLASTといったウェブサービスの本拠地がここ、NLM(National Library of Medicine)です(Fig. 1)。著者がまだ大学院生だった10年前はインターネットなどというものも簡単には手に届かず、e-mailで塩基配列を送ってBLASTサーチをしていたので、最初にNLMを訪れた時は「ああ、あの頃からこことメイルをやり取りしていたんだなぁ」と大変感慨深いものでした。 NLMはゲノム情報の蓄積、検索を始めとする様々な情報処理の中枢として世界中の科学者を支援しているだけでなく、図書館としても全米有数の規模を誇っています。古い文献、他国語の文献もネット経由で注文できて、スキャニングされた文献がPDFファイルとして送られてくる等という、ものぐさな著者にはたまらないサービスもあります(試しにトライしてみたら「蛋○質核△酵□」のレビューなんていうのもちゃんと取って送ってきてくれました)。

「NIH」の中枢、Building10
上述のように、NIHは全米でも最も大きな臨床系研究所の一つですが、その中心にそびえ立つBldg.10は病院と研究施設が一体となった、いわばNIHの心臓部とでもいうべき建物で大変立派です(Fig.1B)。講堂で時々行われる講演、事務関係の用事がない限りはたまの食事以外に著者はほとんど足を踏み入れませんが、常に多くの人が歩き回っていて活気にあふれています。建物は巨大な病院と研究棟が複雑に入り組んでおり内部は非常に混み入った構造になっていて、3次元構造に弱い筆者はここに来た直後には頻繁に迷子になりました。でも、この建物で研究する事に憧れて留学する日本人も多いとか。

どこにあるの?、Building18T/32
著者の所属するラボがあるBldg.18T/32はNIHの中心から遥か遠く離れた敷地内の最南端に、半分建物が地面に埋まったような形で存在します(Fig. 1C)。しかもなぜかNIHの公式ウェブサイトの地図にも載っていませんので初めてここに来ようとする人は皆迷います。同じ平屋の建物にDr. Juan Bonifacino率いるCell Biology and Metabolism Branch(CBMB)と、Dr. Alan Hinnebusch率いるLaboratories of Gene Regulation and Developments(LGRD)の二つのブランチが入っていて、15のラボが所狭しと居を構えています。建物に入ると、CBMBの古くからの集合写真が掲げてあります(Fig.2)。見知った顔もありますね。

日々の研究生活
上述の二つのブランチは同じ施設を共有しつつも、セミナー等は基本的には別々に企画されています。双方とも一週間に一度ずつブランチセミナーを行い、ポスドクが自分の研究発表を行います。また、所外からの招待講演や同じフィールドで研究しているポスドクによる有志の研究会等も定期的に開催されており、NIH内外の他の研究者と交流を深め、最新の情報を得る良い機会になっています。
筆者の所属する研究室のPI、JuanはCBMBのブランチチーフでもあります。彼は元々T-cell antigen receptorの細胞内輸送に関わる研究をしており、近年はいくつかのポストゴルジアダプター分子の発見とその機能解析に関わってきました。現在の研究テーマは(1)ポストゴルジにおけるタンパク質輸送のメカニズム、特にアダプターコンプレックス(APs)やGGAs、retromerの機能とその調節機構、(2)Lysosome Related Organelles(LRO)のbiogenesis、(3)HIVウィルス蛋白質群によるCD4のダウンレギュレーションの分子機構、等です。普段から学会等で世界中を飛び回り、とても忙しい人ですが、科学に対する情熱は非常に強く、忙しい中をぬって議論をしにオフィスにおしかけても嫌な顔一つせず相手をしてくれますし、少しでも時間が取れるときにはラボにできるだけ顔を出そうとしています。ラボはボス、Senior scientist 1人、postdoc 10人、テクニシャン1人、学生2人の15人で構成されています。その中でアメリカ人は5人だけで、後は中南米、カナダ、ヨーロッパ、アジア出身の人たちから成る混成部隊ですので、公用語は英語ですが、あちこちでスペイン語、フランス語、中国語等が飛び交っています(Fig.3)。
すぐ隣には、Jennifer Lippincott-Schwartz研(Jenniferは知る人ぞ知る、GFPを用いたタンパク質輸送のlive cell imagingの分野における大御所です。生細胞中でのER-Golgi間のタンパク質輸送の速度論的解析はもちろんのこと、彼女はER-associated protein degradation(ERAD)の黎明期の仕事をJuanと共にしたことでも有名です)があり、その他にも我々の建物には大腸菌を初めとして、酵母、ショウジョウバエ、アフリカツメガエル、ほ乳類等の様々なモデル系を用いているラボが集まり、また研究内容も遺伝子発現制御、マイクロRNA、細胞周期、鉄イオン代謝、メンブレントラフィック、変態の分子メカニズム、細胞内タンパク質分解、など多岐に渡っているために、常に自分の研究を様々な視点から客観的に批判してもらえる環境があり、とかく狭く深く問題を掘り下げがちなポスドクには大変良い環境だと思います。各々の研究室がほとんどドアで仕切られていないひとつながりの構造なのもお互いの意見交換の場を増やすのに一役買っています(Fig.4)。因に筆者のベンチはトイレの近くにあり、近隣のポスドクが頻繁に横を通るため、コミュニケーションの機会には事欠きません(なぜかトイレから帰ってくる人がよく話しかけてきます。ほっとするんでしょうか)。

週末の過ごし方
NIHのあるBethesda界隈はオフィス街に加え多くのオシャレ(死語?)なカフェ、レストランや映画館等があり、週末には夜まで多くの人で賑わいます。ワシントンDCも観光拠点としては有名で、ホワイトハウス、国会議事堂、スミソニアン博物館、動物園など見所は枚挙にいとまがありません。ワシントンエリアは日本由来の桜が多いのでも有名で(Fig.5)春にはあちこちで桜を楽しむことができます。またハイウェイを30分も車で北上するともはや周囲には住宅はほとんど見られず、見渡す限りの自然の中に広大な農場や牧場が点在しています。東海岸で最も大きな国立公園であるシェナンドー国立公園、スキー場等も何カ所か日帰り圏内にあり四季折々の自然にどっぷり浸かる事ができます。次に、何よりも大事な「食」ですが、こればかりはなかなかアメリカに軍配を上げる事は難しいと思います。スーパーマーケットはどこも広大な敷地に建つ平屋で山ほど色々な食材が手に入りますが、それでも最初は口に合うものを探すのに苦労しました。そして何もかもが、でかい!牛乳はガロンパック(3.5 litter)がノーマルサイズだし…。という訳で食材の多くを韓国系、中国系のスーパーマーケットに依存しています。
アメリカで生活する上で忘れていられないのが、季節ごとのイベントです。イースター、ハロウィーン、感謝祭、クリスマス等キリスト教に関わるものも多く、どの家もこれらの行事の前になると色々なデコレーションを楽しみます。街もその度に色を変え、私達の目を楽しませてくれます(Fig.6, 7)。

最後に
ここNIHに来てからもう3年が経とうとしています。渡米した当初は決して楽しい事ばかりではありませんでした。家族と共に異国での生活をセットアップし違う文化に順応するのはそれなりに大変な事ですし、研究環境(設備)が日本と比べて特に優れているという事もありません。現在でも 言葉の壁が日常的にフラストレーションの元になっています。将来も不安です。しかし 、職場では優れた多くの科学者に囲まれ、周囲で萌芽してゆく最先端の研究を目の当たりにし、驚きと興奮に満ちた3年でもありました。自分自身の研究成果はまだまだ満足できるレベルからは程遠いものですが、ここにきてよかったと思えるのは、この「人種の坩堝」アメリカで成功していく研究者達と交流し、彼らの横顔から多くの事を学べた事、サイエンスという共通語がちゃんと使えれば英語がうまく話せなくてもきり結んでいけるという自信がついた事、そして何よりも、何人かのかけがえの無い友人を作る事ができた事でしょうか。思いもかけず、この間に家族も一人増えてしまい、異国での子育てなどという新たなプロジェクトを抱えててんやわんやの毎日ですが、これからも頑張っていこうと思います。
(2013-07-23)

海外研究室だより

  • 株式会社医学生物学研究所
  • MHCテトラマー4品目およびCTL誘導ペプチド4品目 新発売 www.mbl.co.jp

日本細胞生物学会賛助会員