一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.14 Muller研究室

西山賢一  (岩手大学 農学部 附属寒冷バイオフロンティア研究センター 教授)

・特定領域研究「タンパク質の一生」ニュースレターから転載【2003年掲載】

日本の皆様、お元気でしょうか?私は今、ドイツのフライブルク大学で、Matthias Müller教授と膜タンパク質の膜挿入機構の研究を行っています。こちらに来るときはバタバタしていてほとんどどなたにも挨拶できないままでした。ご無礼をお許しください。この度、遠藤先生にばれてしまい、皆様にご挨拶がてらこの記事を引き受けることにしました。軽く読み流してください。

まずは、観光ガイドから。ここフライブルク(Freiburg)はドイツのほぼ西南端に位置します。市の西にはライン川が流れフランスと国境を接し、西南には広大な黒い森が広がっています。車にのれば1時間前後でコルマールやストラスブール(フランス)、バーゼル(スイス)を訪れることができる、国際色豊かな街です。かつてはフランスの領土であったこともあり、フランス人はフリブール(Fribourg)と呼びます。ここはドイツで最も早く春が訪れる地で、年間日照時間が1850時間(これは東京とほぼ同じです)あり、年金生活者があこがれる街です。最近では、近郊の原子力発電所建設計画を破棄させたことから環境意識が高まり、「環境首都」に選出されたこともあるらしいので、ご存知の方も多いと思います。もちろん、古くからの大学街で、ドイツでもハイデルベルクに次ぐ長い歴史を誇っています。大学の施設は街全体のあちこちに広がっていて、街全体が大学のキャンパスといった感じを受けます。

フライブルクのシンボルは、街の中心にそびえる大聖堂(Münster)(図1)です。大聖堂の周りの広場では日曜を除いて毎日市場が立ち、四季折々に各種イベントも開催され、大変な賑わいをみせています。大聖堂の周り約700m四方が旧市街地です。このエリアは歩行者天国で石畳が敷かれ、小川が流れています(図2)。フライブルクは第二次大戦で空襲を受けたため新しい建物が多く、ヨーロッパらしい風情には少々乏しいですが、その分、バリアフリーが徹底していることはこの街の誇りの一つです。車椅子、ベビーカーには、いたれりつくせりといっても過言ではありません。バス、トラムにも専用スペースが設けられ、昇降が難しい際には、見ず知らずの他人がすっと手を出して助けてくれるのも、この街ならではでしょうか。フライブルクを観光するなら、もちろん夏の暖かい時期、さもなくばクリスマス前がおすすめです。「夏」の説明は不用でしょうが、「クリスマス前」には理由があります。クリスマス前の約一ヶ月間、フライブルクでは店の営業時間が延長され、さらにはクリスマスマーケットが開催されるのです(図3)。小広場に露店が並び、イルミネーションがきらめく中、人々はにぎやかにホットワインのグラスを傾けます。旧市街地のすぐ隣にはSchlossbergという山がそびえ、素敵な散歩道があります(図4)。ここには城跡があり、市内が一望できるようになっています。

続いて、ドイツの暮らしです。私がこちらにやってきたのは2002年の2月のはじめでした。夕暮れのフライブルク駅に出迎えてくれたMatthias Müllerはドイツ人にしては小柄で気さくなおっちゃんでした。もちろん、翌日教授室であったMatthiasは、権威あるドイツの大学教授の鋭い目をしていましたが・・・彼は、私達のために部屋を借りていてくれました。というのも、ドイツでは不動産屋は賃貸住宅の仲介などはほとんどやっていないので、つてがないと部屋を借りるのはほとんど無理だそうです。部屋に向かう車の中で、気に入らなければ他のところを探すからと申し訳なさそうに話すのが気になりましたが、トラムの終点を越え、だんだん電灯が途絶え、谷間の道を登り始めて納得しました。後で地図をみると、研究所からは7km離れていて、標高も100mほど街の中心より高い丘陵地帯でした。図5は、ベランダから撮った写真です。結局、交渉能力もないし、車も買えたので、ずっとここに住むことになりました。やはり、郊外に住むと交通手段はバスしかなく(しかも30分に1本)、研究所には駐車場も少ないので、汗水流しながら自転車で通うことになりました。

苦労したのは、やはり買い物でしょうか。ここには便利なコンビニなんてものはありません。そもそもどこに店があって、何を売っているのかわかりませんし、ドイツには閉店時間法という法律があり、土曜日の午後4時以降と日曜祭日は店を開けられないことになっています。シュレーダー首相の大きな功績は土曜の閉店時間を2時から4時に変えたことだという大学院生もいます。しかも、郊外では昼休みをしっかり二時間取り、水曜日は午前中のみというのが普通なのです。大体、お店といっても派手な看板やショーウィンドウがあるところはまれで、よく見ないとまず見落としてしまいます。レストランにいたってはもっとわかりにくく、冬期は休養する店も多く、数ヶ月たってやっとここはレストランだったのだとわかったところも少なくありません。ドイツ人が買い物をするときは、店の人と時間をかけて話し合い、いろいろ比較検討して買う、というのが一般的なやり方です。が、我々はドイツ語はさっぱりわからないし、子供もつれているので、必要なものはさっさと買ってしまいたいという実に変な客なので、いざ買うときに本当にこれでいいのかとか、もう少し考えた方がいいんじゃないかとか店の人に止められる始末でした。

次いで食べ物。ドイツといえばソーセージ、というのはみなさんおもちのイメージではないかと思います。日本でおなじみのゆでたり焼いたりして食べるものから、薄切りにして生で食べるもの、パンに塗って食べるレバーペーストまで、ハム・ソーセージ類の種類は豊富で皆それぞれ大変美味しいです。こちらの肉屋で驚かされるのは、商品ケースの三分の二以上は自家製(!)ハム・ソーセージ類に占領されていることでしょうか。実際、店に来る客は、まず間違いなく大量のハム・ソーセージ類を買い込んでいきます。というのも、ドイツの伝統文化では、夕食はカルト・ディッシュ(冷たい食事。ハム、ソーセージ類に黒パン、サラダ)が普通。さすがに昨今では、昼食は外で済ませ、夕食を料理する家庭も増えているようではありますが。そんなお国柄、私の妻などフレッシュ・ミートばかり注文するので有名になってしまったそうです。それではヴァルム・ディッシュ(温かい食事)はどうでしょうか?こちらは日本人の舌には、美味しいとは言い難い味わいです。とにかくしょっぱい!中でもスープのしつこさ、しょっぱさは、想像を絶するものがあります。そもそもドイツの調理法は良くも悪くも素朴です。肉なら野菜類と一緒にスープで煮るか、ロースト(蒸し焼きに近い)してトマト系かホワイト系のソースをかけるか、シュニッツェル(カツレツ)にするかというところでしょうか。隣国フランスに比べれば、ハーブ、スパイス、アルコールなどもすいぶん控えめ、フレンチの凝りすぎが苦手な方ならほっとされるかもしれません。しょっぱさが気にならなければ、ですが。いずれにしても、ドイツ人は中途半端なものが大嫌いで、レアに焼いた肉だの冷めかけた食事だのが許せないようです。中華料理やインド料理の店に行くと、大皿の食事が冷めないようにウォーマーがセットされます。反面、煮詰まって味が濃くなり過ぎるのは全く気にならないようです。お国柄ですね。

気候の違いにも苦労させられました。ドイツは大陸性気候です。寒暖の差が激しく、常に乾燥しています。ここフライブルクは黒い森に位置するせいでしょうか、始終雨が降るのですが、それでも室内に干した洗濯物が一晩で乾いてしまいます。どんなに晴れている日でも、突然雨が降るともしれないので、うちでは洗濯物は室外には干さないことにしています。夜間、寝室に洗濯物を干しておくと、加湿器代わりになりますし。フライブルクの夏は夜十時過ぎまで暗くなりません。その分、冬は4時過ぎにもなると真っ暗です。しかも、太陽が拝めることはめったにありません。こちらでは、夏は太陽の照る特別な季節なのです。その夏でさえ、二週間単位で「梅雨」と「太陽」が交代します。日本には梅雨があるといいますが、それならドイツは年中梅雨です。面白いのは、雨のさなかにも時折、強い日差しが指すことです。フライブルクの日照時間の多さには、このお天気雨も含まれているはずで、東京と同じとはとうてい信じられないのが率直なところです。

最後に研究所の紹介です。私自身の研究については、大した成果もありませんし、もし首尾よく日本に帰れたら話す機会もあると思うので、省略します。私の通う生化学・分子生物学研究所は数ある医学部の研究所の一つです(図6)。旧市街地からは徒歩で5分くらいの位置で、刑務所の隣にあります。Phospho Imagerの部屋からは刑務所の内部を伺うことができます(図7)。研究室は全部で5?6グループしかない小さな研究所ですが、Nikolaus PfannerやBernd Bukau(5月にハイデルベルク大学に移りました)など、皆さんも一度はこの研究所からの論文を読まれたことがあるのではないでしょうか?

こちらの研究所に来て最も違いを感じたのは時間の流れ方でしょうか。この国は小型化、軽量化、スピード化とは対極にあって、たとえば、オートクレーブの機械などは5lフラスコが20本も一度にかけられる優れものですが、1サイクルに3時間近くかかります。昼下がりに何か次の日の実験のアイディアを思いついたとしても、培地がないとか試薬がないとなると次の日の実験は非常に難しくなります。それが週末になったりすると、金曜日は話をして時間をつぶして早々に引き上げるということになります。もっとも、ドイツの人は議論が大好きで、いくらでも付き合ってはくれますが。逆の場合も当然あって、彼らが吹っかけてきた議論は、とことん付き合ってあげる必要もあります。日本と随分違うと思うのは、この子は大丈夫かなと思う学生でも、自分のプロジェクトについて語らせると実に生き生きと話すことです。とはいえ、もう少し実験した方がいいんじゃないと思うことも確かですが。

Müller研究室は総勢15人前後で、グループリーダーのJörg Kochを中心にポスドク3人に大学院生(PhD studentと MD studentがいます)が7-8人のグループです。ドイツでは学費がただの上に、PhD studentなどはポスドクの半分の給料で雇われていますので、ドイツ語か英語に自信のある方はドイツの大学院に進学というのも考えてみてはいかがでしょうか?とはいえ、PhDの学位をとるのは本当に大変そうで、基本的に投稿論文が必要で、厳しい論文審査をパスする必要があります。平均して4-5年はかかるそうです。そのため、PhDが取れたときは盛大にパーティーが開かれます。それに対して、MD studentは1年しか研究期間が与えられず、MDを取るのにも特に投稿論文は必要ないのですが、スタッフやポスドクが全面的にサポートするので、MD studentの方が論文が効率よく出ている気がします。少し割に合わないですね。さて、研究室のメンバーの写真(図8)を見て何かお気付きにならないでしょうか?女性が異様に多いですよね。ここではPhD studentを雇う際には、まず広告を出して、申請者の中からMatthiasとJörg(図8、前列左の二人)が面接で選びます。不思議ですね。

Müller研究室の中心的なプロジェクトは、何といっても膜タンパク質の膜挿入機構の解析です。現在、in vitroで膜挿入機構を解析できるグループはそうはないのではないでしょうか。膜タンパク質の膜挿入にはタンパク質合成を共約させる必要があるので、ここでは実験というとタンパク質in vitro合成を意味します。平均して2週間に1本のペースで7mCiのRIを消費しています。これは、東大分生研のRI実験室ならば半年でパンクしてしまう量です。Matthiasは化学架橋実験が大好きで、微量の架橋産物を検出するためにはさらに大量のRIが必要になることもあります。またこの研究室で特徴的なのは、SDS-PAGEには30x40cmの巨大なゲルを使って一晩かけて泳動することです。恐らくは昔のBlobelの研究室の伝統と思いますが、気が長いですよね。

さて、最後になりましたが、ヨーロッパにお越しの際はフライブルクの方にもお立ち寄りいただければ幸いです。ご連絡いただければ、お迎えに参上します。



(2012-12-19)

海外研究室だより

  • 株式会社医学生物学研究所
  • MHCテトラマー4品目およびCTL誘導ペプチド4品目 新発売 www.mbl.co.jp

日本細胞生物学会賛助会員