一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.11 海外留学レポート

親泊 政一 (David Ron研究室 ニューヨーク大学医学部Skirball分子医学研究所)

・特定領域研究「タンパク質の一生」ニュースレターから転載【2007 No.16 (2007年3月発行)】

早いもので熊本の森 正敬研からDavid Ron研にポストドクとして来て4年が経過しました。Ron研は、班員の皆さんご存知の森 和俊研とならび小胞体ストレス応答研究の分野をリードしてきた研究室です。ここで私は、「小胞体ホメオスタシスに必須のコシャペロンP58IPKの機能解析」と「小胞体ストレス応答シグナルによる代謝制御」の2つのプロジェクトに取り組んでいます。通常、海外留学レポートは、海外での生活や文化の違いをおりまぜて研究室の紹介をするものですが、今回は私が一緒に研究して感じたDavid Ronの研究スタイルに焦点を絞り、研究室を紹介したいと思います。私の留学体験を通して、海外での研究生活の雰囲気が班員のみなさんに少しでも伝われば幸いです。
大学とDavid Ron研究室
ニューヨーク大学は、1831年設立の米国内最大の私立大学で、建物や運動場などの施設が一カ所になく、各学部がワシントンスクエアキャンパスと呼ばれる地域を中心に五十数カ所にわたってマンハッタンの街に点在する都市型大学です。Ron研があるSkirball研究所は、医学部に併設されており、分子病理学、構造生物学、発生学、脳神経学の4つの分野に大きくわかれ、30ほどの研究室から構成されています。研究室は研究分野ごとで4つのフロアに配置されており、分野に片寄りがあるものの、そのぶん意見交換や共同研究のしやすい環境です。またほとんどの研究室で分子生物学を用いた実験を行っているため、共同使用機器、基本的な試薬、器具洗浄などがシステマティックに管理、供給されており、日本と比べてかなり効率よく運営されています。また大型の共用機器以外にも、FACSや質量分析などをはじめとする熟練した技術を要する解析を代行してくれる様々なコアファシリティーも充実しています。そしてポスター作成などのメディアサービスやネットワークや研究室のコンピューターの管理などのITサービスなどもあるため、日本では研究室ごとで自らしないといけないことが専門のスタッフに任せて研究に専念できます。また数人から数百人収容できるさまざまなサイズのセミナールームが用意されており、研究室での小規模のミーティングから様々なタイプの講演や会合が大学内で出来ます。研究所と医学部の建物もつながっているので研究所のセミナー以外に医学部のセミナーにも参加しやすい環境です。研究発表は、研究室内の発表だけでなく、年に一回の医学部全体の研究報告会や研究所のリトリート(親睦旅行をかねた研究報告会)をはじめ、数週間ごとの研究所の分野ごとあるいは医学部の関連講座との合同発表会があります。合同発表会 は研究室持ち回りで、研究室を代表して発表者に選ばれるのは光栄なのですが、質疑応答合わせて1人で1時間ほど話し続けなければならず、かなり鍛えられます。また固いことだけではなく、研究者間の交流を深めるために、週に一度夕方に軽食とビールなどが供されるHappy Hourも設けられています。
1992年にスタートしたRon研は、当初はDavidがポストドク時代にC/EBPの抑制因子として同定した転写因子CHOPの解析をメインにしていました。染色体転座によるTLSとCHOPの融合遺伝子(TLS-CHOP)が、脂肪肉腫の原因遺伝子となるという1993年のNature論文がラボの記念すべき第一報です。その後も発癌に関連したTLSとCHOPの解析を順調に進めていたのですが、小胞体ストレスでCHOPが誘導されるという1996年の論文が大きな転機となり、研究室は小胞体ストレス応答に大きく舵をきられていきます。それからは小胞体ストレスセンサーであるIre1やPERKの発見、その活性化機構の解明、そしてシグナル下流の因子(XBP-1、ATF4、GADD34、CRePなど)の同定といった小胞体ストレス応答に関わる重要な知見を、Natureをはじめとするトップジャーナルに次々と報告してきました。そして最近では小胞体にのみならず、サイトソルやミトコンドリアなどでの異常タンパク質へのストレス応答にも研究の幅を広げています。現在の研究室は、Davidも含めた13人で、アメリカの研究室では中規模のサイズといえると思います。その内訳は、シニアサイエンティスト1人(立場上はすでに独立しているがまだ自分のラボを持つには至っていない)、ポストドク7人、学生1人、テクニシャン2人、ラボマネージャー1人となっています。通算ではポストドクが約55%、学生が約30%、テクニシャンが約15%です。また男女比はほぼ50%ずつで、国籍別ではアメリカ人が40%、ヨーロッパ系が30%、アジア系が30%とバランスがとれていると思います。この他にも比較的短期間だけいるローテーションの学生や共同研究者が不定期に参加することがあります。
留学への経緯
臨床医として糖尿病を専門としていた私は、その病因として膵β細胞の機能障害の分子機構を解き明かすことを夢見て研究生活をスタートさせました。そしてNO(一酸化窒素)による膵β細胞のアポトーシスに小胞体ストレスが関与することを見いだした時に、小胞体ストレスこそが自分が探していたものと直感し、これに賭けてみよう強く思うようになりました。というのもインスリン分泌のために発達した小胞体をもつ膵β細胞は、小胞体ストレスに最も脆弱だからです。主にマウスを用いて糖尿病発症における小胞体ストレスの関与を研究していた私は、さらに基礎的なレベルで掘り下げて小胞体ストレス研究を行うことが次のステップとして重要と考え、いつしか留学を考えるようになりました。当時、David以外にもRandy Kaufman(ミシガン大)やPeter Walter(UCSF)が、海外で著名な小胞体ストレス応答研究者として知られていました。ちなみにこの三人は1950年代生まれでほぼ同じの年齢なのですが、Davidだけは内分泌専門医の研修をしてから研究を始めたので研究開始がかなり遅く、しかも上記のように小胞体ストレス応答研究にも遅れて参入しています。この3人の中でも私が小胞体ストレスと関わることとなったCHOPの研究からはじまり、ユニークな切り口で次々と小胞体ストレス応答を明らかにしていたRon研には常に注目していました。それ以上に当時の私の研究は、CHOPノックアウトマウスを中心にしていたので、CHOPノックアウトマウスを持つRon研は私の中では競合グループとして警戒もしていました。実際この予想は正しく、小胞体ストレスで糖尿病になりうることを示すプロジェクトが終わりにさしかかった頃に、研究材料を提供してもらった共同研究者から、私とほぼ同じ時期にDavidが同じ研究アイデアを提案して同じ研究材料を手に入れていることを知りました。そしてそのニュースを知った約一週間後に2001年に札幌で開かれたCGGHシンポジウムで、Davidに初めて直に会って話す機会がやってきました。シンポジウムの前日の懇親会でDavidをつかまえた私は、ひとしきり話した後でDavidに競合しているプロジェクトの探りをいれてみました。意外にもDavidは非常にオープンに話してくれて、私と同様の結果を得ていること、しかし論文投稿にはほど遠いことなどを教えてくれました。しかも私がもうすぐまとめて投稿することを話すと、それなら自分たちは投稿することはないだろうとまで言ってくれました。これを真に受けた私は、Davidの人柄の良さに感銘し、もともと研究面で興味もあったので、ポストドクとしての採用をすぐに申し込んだ訳です。その学会会場で森 正敬先生の強い推薦も合って、受け入れはあっさり決まり、その一年4ヶ月後に留学の運びとなったわけです。
余談ですが、私にとってあまりにも好条件のため半信半疑だった競合論文の話は、現実のものとなりました。Davidは学会から帰国後悔しがっていたそうですが、結局プロジェクトは頓挫して論文にはならず、しかも私の論文の査読をして掲載雑誌にその紹介のmini reviewまで書いてくれました。これもまた余談ですが、そのほぼ同時期に森 和俊研としのぎを削ったXBP-1に関する論文をDavidはNatureに投稿していた時に、 Cellからの森研の論文の査読依頼があったそうですが競合するからときちんと断っていたようです(森研の論文はCell、Ron研はNatureに掲載される)。このようなことは極めて当たり前かもしれませんが、自分と利害が反する場合でもきちんとフェアな対応が出来る表裏のない誠実なDavidの人柄を表していると思っています。
David Ronの研究スタイル
そもそも海外留学を希望したのは、良い仕事をする以外にも、海外で生活し研究をすることで、異なる研究スタイルとその文化的背景を体験したかったからです。Ron研に留学するにあたっては、短期間で小胞体ストレス応答研究のメインストリームに乗り込んで来たDavidのアイデアの源泉、思考パターン、プロジェクトの進め方などを少しでも自分のものとすることも目標としました。以下は4年間研究を共にして得たDavidの研究スタイルについての私見です。
優れた研究者というのは、確固たる信念に裏付けられた揺るぎのない研究スタイルを持つと私は考えています。Davidの研究スタイルは、「現在利用可能な技術を用いて生命現象の分子機構を解き明かすこと」と思います。ですから現在の限界を超えるための新たな技術開発などには興味がありません。いままでの研究手法を振り返るとマウスから酵母、線虫まで扱い、マイクロアレイやRNAiなどさまざまな技術をどんどん取り入れており、一見新しい技術に敏感な感じを得ますが、実は極めて保守的で、方法論としてかなり確立されるまでは、極力手を出したがりません。極めて現実的な人なので、自分の人生で使える時間を、目標のために無駄なく使いたいと考えているようです。そのため、 信頼できるまで労力を要する新しい技術よりも、既存の技術を用いて確実に仮説を検証することを好むわけです。また実証困難な仮説の提案も興味がありません。非常に頭がよくアイデアも豊富なのですが、逆にそれが仮説だけならいくらでも言えると考えていて好まないようです。彼の興味の対象は、全く新たな生命現象を見つけるよりも、今までわからなかった生命現象のメカニズムを実験により論理的に証明することにあると思います。ですから発癌研究から小胞体ストレスへと大きく転換できたのも、研究対象が彼の望むスタイルの実現に近いと感じたからだと思います。
Davidの研究に対してアプローチは、「細かいことに至るまで徹底的に考え抜くこと」といえると思います。具体的には、積極的にかつ徹底的に実験者と議論することでプロジェクトに関わってきます。実験結果の評価からプロジェクトの方向性、そして次の実験の細かい条件まで議論するので、議論にかなりの時間がかかることがしばしばです。しかしこの議論を重ねることでDavidは実験をせずとも、実験者しか知らない細かい情報を得て現実感を保つことができ、そしてそれが結果を評価する際の鋭い指摘へと繋がるわけです。一方、実験者は議論を通して、実験の落とし穴がないかを見つけ、より高い次元に立った物の見方を身につけていくわけです。この議論の中で、目標を明確にして、アイデアをぶつけ合うことで、創造していくわけです。議論するための必要な知識を持っていることが大前提ですが、論理的に議論できる能力はDavidの採用の大きな要素で、インタビューでは切れのある発言や質問ができるかどうかが試されます。そのため研究室のメンバーはなかなかの論客ぞろいです。話がすこしそれますが、この議論の中で創造するという作業は、教育システムの違いあるいは文化的な背景からか私も含めてアジア系の人は劣る印象があります。アメリカのような文化的な背景も違う他民族国家では、日本とは異なり全員が共有する暗黙知など期待すべくもなく、はっきり言葉にして形式知化することが、組織として一つのことを達成するために必要なことがその背景だと思います。幼い頃から要求されるそのような議論の能力が、論理的な思考の形成やプレゼンテーションの上達につながっているような気もします。
個々の実験に関しては、Davidはとりあえず実験をやってみるというスタンスが大嫌いです。言い換えるなら、ポジティブともネガティブともつかない結果や実験自体がうまくいっていない実験などを嫌います。またせっかちでもあるので、結果が出るまで時間がかかるのも好きではありません。彼にとって良い実験というのは、「最小限の労力で、比較的安価に、かつ短時間で、評価の基準がはっきりした結果を得られること」を意味しています。そしてたとえ最初の実験でも、最終的な発表にも使えるように考え抜かれた無駄のないプランを一生懸命考えようと努力します。具体的には必須のポジコンやネガコンは落とさずに最小限までサンプルを絞り込み、かつ効果的な結果の提示の仕方も考えるという具合です。このようにアイデアをぎりぎりまで絞り出す、すべての行為に意味づけをするといった徹底的に考え抜く姿勢がDavidのモットーであるといえます。ですからとりあえず結果がでてから次を考えるという態度は、Davidにとって怠惰な行為とみなされるわけです。一つの実験をするにも、うまくいく場合、いかない場合などすべて考慮して、次の次ぐらいまで網羅的な実験プランを考えることが要求されます。ただ私などは、例えば新しい実験で可能性を探ろうとする時には、とりあえず実験をしてみて、実験の難易度や結果のアタリをつけるのも、時として悪くはないとも思います。またがちがちのプラン通りの実験よりはちょっとおまけで遊びが入ったプランの方が思わぬ発見の可能性があるとも思っています。しかしDavidのやり方は、日々頭のトレーニングをしているともいえるわけで、この鍛錬の成果が、論文審査やグラント申請書を論理的に深く、しかも素早く仕上げる能力へとつながっていると感じました。
そして実験結果の評価は、Davidはかなり辛辣にします。議論のために出来るだけ実験者と反対の見方を心がけてもいるようですが、どのような解釈が実験の成立あるいはそのもととなった仮説すら否定できるかを常に探しています。ですからポジティブな結果あるいはネガティブな結果がでても、実験自体がうまくいっていないと難癖をつけられることもあり、またプロジェクト自体の意義を問われることもあり、決して気が抜けません。研究室ではいつも、実験結果を前にDavidと実験者との間で、どのような解釈が可能かまた自分の解釈がどれくらい確からしいかという意見のせめぎ合いが なされています。
新しいことを見いだすことや生み出すことはいつも楽ではありませんが、積み上げたものを捨てることはさらに容易ではありません。実験者からすると予想通りの結果が出たりするとその他の可能性が見えなくなることや大変労力のいる実験で得た微妙な結果が捨てられないことなどがありますが、Davidと議論することでそれが修正されるわけです。Davidは非常に倹約家で、さほど高価でないものでもまったく使えなくなるまで後生大事に使う性格ですが、こと研究に関しては全く違います。お蔵入りになったプロジェクトや発表されることなく消えていったノックアウトマウスなど枚挙に暇がありません。書き上げた論文さえ捨ててしまうことがあります。Davidの捨てる決断力は、より質の高いレベルでの研究に専念すべきとの信念に支えられていると思います。そして昼夜を問わず研究のことを考えていて、思いついたアイデアを真夜中にもメールで送ってくるほどのDavidの研究への情熱には頭がさがります。
このようなDavidの研究スタイルが色濃くでた研究室では、新しい発見を求めて実験に励み、Davidとの議論に日々が明け暮れています。面白いことに時とともに私の同僚達もだんだん議論の仕方がDavidに似てきた感じがします。おそらく議論を通して無意識のうちに思考パターンが刷り込まれているのでしょう。まだ進化し続けているDavidに私がすこしでも近づけたかどうかはかなり疑問ですが、今後も可能な限り、見習うべき点を吸収して、自分の研究スタイルを確立していきたいと思っています。今では実験に使える研究費や実験機器などは、日本の平均的な研究室がアメリカの平均的な研究室より上回っているかも知れません。また日本でもオリジナリティにあふれる素晴らしい仕事をしている研究室が多いのも事実です。しかしまだまだ大学のシステムや研究システムにおいて海外の研究室に学ぶ点は多いことなどを体感できたのは良い経験になったと思います。最後になりましたが、今回の留学の機会を頂いた森 正敬先生とラボマネージャーとしても妻としても公私ともに私を支えてくれている美帆に感謝を述べて、筆を置きたいと思います。
(6981字)

写真1
David Ron研のメンバー: 
前列左から1人目がDavid、後列左から2人目が筆者、後列右から2人目が美帆
**注**
Davidはここ2年ほど夏休みごとにヒゲでイメチェンを図っています。来年はまた違ったヒゲになっているかもしれません。

【略歴】
2001年 熊本大学大学院博士課程修了 医学博士

2001年 熊本大学医学部附属病院代謝内科 医員

2003年 ニューヨーク大学医学部スカボール研究所 研究員

2008年 徳島大学疾患ゲノム研究センター 教授

2010年 徳島大学糖尿病臨床・研究センター 糖尿病開発研究部門長(兼任)
(2007-03-01)

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