一般社団法人
日本細胞生物学会Japan Society for Cell Biology

「海外研究室だより」Vol.10 研究室レポート

庄村 康人 (マックスプランク生化学研究所Ulrich Hartl 研究室(現所属:兵庫県立大学大学院生命理学研究科))

・特定領域研究「タンパク質の一生」ニュースレターから転載

マックスプランク生化学研究所のあるマーティンスリードという小さな街は,ドイツで三番目に大きな都市であるミュンヘンの西側に隣接している.研究所の周りは緑豊かな森に囲まれており,森を一つ越えれば,ミュンヘン大学のキャンパスに辿り着く.最近では周辺にベンチャー企業も増えてきており,その一帯は学術的には比較的活発な地域である.筆者がポスドクとしてやってきた年(2003年)に丁度,研究所設立三十周年を迎えて記念行事が催された.研究所の正面玄関にある二台の大きな液晶モニターはそのときに備え付けられたものだ.
研究所は,九つほどの大規模な研究室からなる.筆者が所属していたHartl研もその一つで,Department of Cellular Biochemistry自体が一つの研究室にあたる.PIであるUlrich Hartl教授の下には四人のグループリーダーがいて,この四つのグループと,ある程度経験のあるポスドクが率いる少人数のグループ(組織的にはUlrichに直属することになる)からラボは構成されており,全体としてはフタッフ等含めると五十人近くになる非常に大きな研究室である.研究室が大きければそれなりに長所や短所がある.長所としては,たまにしか使わないような,あるいは試しに行いたい実験などに用いる高価な機器も大概揃っていて,使い方も近くの人に気軽に訊けるという点がある.試薬なども品揃えが豊富だ.さらに,少し異なったアプローチで自分のターゲットについて解析をしたい場合も,すぐに誰かしらから助言をもらえるし,必要ならば共同研究という形で迅速に対応できる.その反面,目的に応じて部屋が細分化されているため,例えばゲルの撮影をする,少量の試薬を取りに行く,培養の様子を見に行く,という時にも長い距離を移動しなければならないという不具合がある.また,多人数で共有する機器の場合は責任の所在が曖昧になりその管理が疎かになりがちで,この手の問題はたびたび必然的に生じる.ただ,この問題に関しては,“オーガナイザー”と呼ばれるポジション(テクニシャンの親分みたいな地位)を設けることによって改善されてはいる.前置きのついでに,研究所内(研究室内ではなく)で,筆者にとって特に印象が強かったり,日本でもこういうのがあったらいいのにな,と思った点を幾つか挙げてみたい.まず,共通機器がハード,ソフトともに充実しているという点である.他所では,共通機器として購入してはみたが誰も使わず,埃をかぶった高価な機器が倉庫の肥やしになっている,或いはそれが特定のラボの専用マシンと化して他の研究室の人は存在すら知らないというケースが多いかもしれないが,この研究所では,専門の技官が機器のメンテナンス,運営をきっちりと行っており,所内の人間ならば誰でもその機器を用いた解析を依頼することができる(以前は無料であったが,最近は財政難のために最低限の料金を取る).サービスとしては,DNAシークエンシング,N末端シークエンシング,各種質量分析,抗体作成,ペプチド合成などがあり,筆者もよくお世話になった.ただ,このシステムについてはコストや業績に関する問題などのために賛否両論があることは否めず,単に使う側としては便利であったというだけの話である.次に特筆すべき点としては,大学院生のアクティビティーの高さに驚かされたということがある.例えば,“Graduate-program Seminar Series”と称して,月に一度か二度の割合でドイツ国外から著名な研究者を招待して講演を依頼するというものがあった.招待の依頼から宿の手配,講演会の準備,運営はもちろん,その後の接待まで全て担当の学生が主体で行う.考えてみれば,世界中から誰でも好きな研究者に講演をしてもらえて,夕食までご一緒できるというのだから,贅沢な企画である.また,やはり院生が主体になって“Get Together”と呼ばれるパーティーがほぼ毎月企画される.この飲み会では,院生はもちろんポスドクやときにはグループリーダーぐらいの人もひょっこり現れ,お互いの交流の場となる(さすがに教授は見たことが無い).面白いのは,このパーティーのスポンサーとして,試薬や実験機器の一流企業が付くという点である.こうして研究所は自分の懐をほとんど痛めることなく,学生(とポスドク)に息抜きの場を提供することができる.そして,最近では学生の間ではメーリングリストが機能し始め,そこでは試薬や機器の貸し借り,空き部屋の紹介(最近はそうでもないが,以前はミュンヘンでの下宿探しは本当に大変だったらしい)などについての情報が研究室の壁を越えてやりとりされている.最後に(そろそろ本題に入らないといけないのでこれで終わりにしておくが),二年に一度ぐらいの頻度で,研究所の従業員(ポスドク,学生も含む)を対象とした企業のコンサルタントによるヒアリングが行われる.そこでは,研究所内で改善すべき点? 所内の連絡事項がドイツ語のメールで送られてくるが英語の訳もつけてくれとか,研究所までのバスの本数を増やしてくれとか,研究者の交流の場としてカフェテリアを作ってくれなどの,普段は誰に言ったらよいものやら分からない苦情,要望を第三者の経営アドバイザーが聞いてくれる.そしてその内容が匿名で研究所の上のほうの人達(教授会?)に伝えられ,可能な限りそれらが反映される.例えば,カフェテリアについては,要望が出た翌年には早速工事が始まり,それから間もなくオープンしてしまった.バスについても,本来ならバス会社の都合により本数が半分に減らされてしまうはずだったのに,研究所がバス会社に幾らか支払いをすることによって今までのタイムテーブルをなんとか維持しているという話である.ただ単に意見を聞く機会を設けるだけなら他でもありそうだが,実際にそれを積極的に取り入れていくという雇用主側の姿勢にはただ感心させられた(先立つものがあっての話であるが).
Hartl研の中で筆者が所属していたのは構造解析を専門とするグループであった.グループリーダーのAndreas Bracherは,普段は口数も少なく静かで温厚なのだが,皮肉屋でかなり頑固なところはやはりドイツ人である.グループといっても,彼は二代目のグループリーダーでまだ着任して間もないためか,筆者と彼を含めてメンバーは三人しかおらず,Hartl研の中でも最小のグループであった.Ulrich Hartlといえば,分子シャペロンの分野において,比較的スケールの大きなストーリーを好み,構造解析のような細かい話も対象としていると聞いて意外に思われる方もいるかもしれない.しかし,実際には主要な分子シャペロンの構造解析に幾つか関与しており,特にHsp70のヌクレオチド交換因子の構造決定にはこれまですべて関わってきている.GrpE (1997年),BAG domain (2001年)に加えて筆者が決定したHspBP1(2005年)である(手前味噌で恐縮です).これまで四年に一つのペースで発表してきているので,次のヌクレオチド交換因子の構造は2009年まで出せないね,と冗談を言っていたものだが,この“オリンピックの法則”(位相は若干ずれている)はいつまで続くのであろうか.構造解析以外では,フォールディング病の原因遺伝子として知られるPrionやPerkinの機能解析を専門とするJörg Tatzeltのグループ(ミュンヘン市内の大学に教授職を得て近日中にラボごと移転するらしいが),出芽酵母の系を用いてポリペプチドのde novoフォールディングに関与する分子シャペロンの研究をしているKatja Siegersのグループがある.また,ご存知の方も多いかもしれないが,Ulrichの奥様,Manajitも同研究室のグループリーダーの一人で,葉緑体由来のCpn60システムの研究等,さまざまなプロジェクトを手がけている.このあたりで,Ulrichの愛妻家ぶりについても触れておかねばなるまい.まず,Ulrichの提案で彼女の五十歳の誕生日にサプライズパーティーを催され,ラボのメンバー全員が昼休みにこっそりホールに集合するという企画があった.これは一ヶ月近くも前から入念に計画された特別行事で,当日まで誰もうっかり口を割らなかった事が今でも不思議である.また,Ulrichは毎週のラボミーティングでは必ず二つのコーヒーを持って現れる(もちろん,もう一つはManajitの分).さらに,オフィスの自分の机上に彼女の写真を飾っていたり(だいぶ若いころの写真であるが...),長年吸っていたタバコを止めたり(この辺になると恐妻家と紙一重か)と,Ulrichの別の一面を語るエピソードについてはネタが尽きない.話をグループリーダーに戻そう.グループリーダーは一般的に三十代前半から四十代前半までぐらいの年齢の人が多いようだ.ただ,ポスドクよりワンランク上とはいえども,五年の任期付きのポジションである.ドイツの教授職のシステムは日本に比べると複雑である.ドイツ国内でも北部と南部でシステムが異なるようであるが,とりあえず筆者が居た南部では,昔からあるシステムとして,Habilitationという大学教員資格を取る必要があり,申請者には業績評価と面接試験が課せられる.また,申請する前までには,何セメスターか大学で講義を無給でしなくてはならない(Andreasも途中からせっせと自分の出身大学まで通っていた).Habilitationを取得した後も,教授職にはいくつかランクがあり,tenureを獲得するためにはさらに上の方へ上り詰めなくてはならない.最近ではJunior Professoship(誰に聞いても明確な答えが返ってこないため,グループリーダーとの違いが未だによく分らない)と呼ばれる階級を設けたり,教育よりも研究に専念できる教授職をなど新しい制度を試験的に導入したり,政府の方も暗中模索している様子が伺われる.
Ulrichは元々Neupert教授のラボでミトコンドリアのCpn60の研究をしていたことから,GroELを始めとするClassicalな分子シャペロンのシステムをターゲットとしてきた.近年では特に,ポリペプチドのde novoフォールディングに関してこれらの分子シャペロンが共同的に働くという,真核生物と原核生物においてそれぞれのモデルを提唱し,それに基づく研究を展開している.また,最近ではポリグルタミンの物性や生体内での挙動にも興味を持ち,生化学に加えて培養細胞を用いた細胞生物学,および蛍光試薬を用いた生物物理学的なアプローチにも着手している.もちろん筆者が所属していたグループのX線結晶構造解析もこのオール・イン・ワンラボにおけるツールの一つである.Ulrich自身多忙なためラボを空けることが多いが,出張から帰ってくると決まって各自の進捗状況を聞き回り歩く姿が見られる.因みにその時に筆者に向かって言う第一声は決まって“Is there a new crystal?”である.
最後に,ドイツならではの研究室のイベントを一つ紹介したい.生化学研究所のラボに限らず,マックスプランク研究所のラボでは,年に一度(筆者の滞在中にマックスプランク協会の財政難のためにHartl研では二年に一度になった),リングベルグにある城にてゼミ合宿を行うところが多いようだ.この城はマックスプランク協会が所有するもので,ドイツならではというのはこの部分だけである.この合宿はretreat(英語)と呼ばれており,その意味するところは一時撤退して作戦を立て直すというようなものであると思われる.その名のとおり,ラボのメンバーが全員集まって研究報告を行い,各自のプロジェクトの方針,進捗状況を確認し,皆で疑問点,問題点を洗い出しながら今後の方針を決定するということがこのゼミ合宿では行われていた.一人当たりの持ち時間は十五分程度でも全員で五十人ほどが発表を行うので三日間はかかってしまう.しかし,毎週のセミナーでの研究報告は年に三回ぐらいしか回ってこないので,全体で一斉に報告会をするというのはこの研究室では特に意義のあることであった.また,ゲストとして関係した分野の研究者を招待するのが慣習のようで,筆者が参加したときはミュンヘン大学のWalter Neupert教授が招かれていた.分野が違うとはいえ,ラボの手の内を全て見られてしまうというのはどうしたものかと思っていたが,あまりそういうことは気にしないようである.
 丁度二年半,筆者がポスドクとして留学していたHartl研,およびマックスプランク生化学研究所について思いつくままに書かせて頂きました.無意識のうちに内容の大半が研究所やラボの自慢話になってしまった感がありますが,現在は筆者も日本の一研究機関で働く身です.日本の地方大学,小規模な研究室にも色々と優れた点があることを再発見している日々です.最後までお付き合いくださった読者の方々と,今回の原稿執筆の機会を与えてくださった遠藤先生にお礼を申し上げます.


写真の解説

写真1 研究所の正面玄関より 右に見える2階建ての建物がHartl研
写真2 Ulrichのオフィスにて 右からManajit,Ulrich,筆者
(2012-12-03)

海外研究室だより

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